第68話:快適な要塞生活と、新たな脅威(湿気)の襲来
【作者よりお知らせ】
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第二部も、主人公アレクの「快適なインドア生活への執念」をエンジン全開で描いてまいります。
当面の間は毎日更新でコツコツと執筆していきますので、湿気や寒さや魔王軍に負けず引きこもり続けるアレクたちのドタバタを、引き続きお楽しみください!
「……く、狂いそうです。この湿度は一体何なのですか……!」
移動式・絶対不可侵の究極要塞『ヴァルハイト号』のメインリビング。
ふかふかの天界龍ソファに突っ伏し、私は絶望的な声を上げていた。
我が要塞は、古代の魔導工学と私自身のインドア的執念を結集させて作り上げた最高傑作だ。空を飛び、地上を滑り、世界中どこを移動しようとも、内部は常に「室温21.5度、湿度45%」という完璧な絶対領域を維持できる……はずだった。
しかし、移動の途中で足を踏み入れた『常闇の霧降湿原』の上空に差し掛かった瞬間、要塞の全自動調湿システムがこれまでにない悲鳴を上げたのだ。
「アレク様! 外部の湿度が測定不能――推定99%を超えております! 創世の神座の結界すらもすり抜け、壁の微細な隙間から『粘着性の濃霧』が侵入してきております!」
アリスさんが青ざめた顔でタブレット端末を叩きながら報告してくる。彼女の完璧に手入れされた銀髪も、わずかに湿気でうねり始めているのが見て取れる。
「ア、アレク様! 俺のスリッパが、スリッパが湿気でヌメリを帯びてきました! これでは毎朝の完璧な玄関拭き掃除の成果が台無しです!」
傍らでは、ガルムが愛用のモップを放り出し、自身のスリッパを抱えて悲鳴をあげていた。
私の弱点――それは「快適性の崩壊による精神的ダメージ」だ。
外気があまりにも常軌を逸した「超・粘着性湿気魔力」を帯びているため、要塞の重装壁という概念すらも透過し、室内へ微量の湿気が結露し始めていたのだ。
「髪が広がり、服が皮膚に不快に張り付いてしまっています。……これでは戦う以前の問題として、この部屋から一歩も出たくありません。いえ、今の状態ではこの空間に留まること自体が苦行です」
過剰な不快感による身動きの取れなさに、私はすっかり打ちのめされていた。
だが、この程度のピンチで諦める私ではない。
何しろ、私の人生の目的は「外の世界を征服すること」ではなく、「どこにいても最高に快適なインドアライフを死守すること」なのだから。
「……アリスさん、ルードさん、ガルムさん。要塞の内部だけで湿気を防ぎきれないなら……要塞の外側に『二重構造の緩衝地帯(外付けサンルーム)』を増築します」
「増築……ですか!?」
「ええ。要塞の壁の外側に、もう一層『透明な高強度ガラスの回廊』を作り、そこを第1次フィルターとして外部の超湿気を物理的にシャットアウトするのです。そのためには……この霧降湿原の奥深くに眠るという伝説の鉱石『超乾燥の赤水晶』が必要です」
「ドライ・ルビー……! 触れただけで数百メートルの水分を極限まで吸収するという、古代の幻の除湿鉱石ですね!」
「そうです。それをサンルームの壁材や換気フィルターに埋め込めば、要塞内部は再び完全な無菌・適湿空間へと戻ります。……行きましょう。不快な湿気を根絶やしにするために」
私は不快感に歯噛みしながらも、気合を入れて立ち上がった。
究極の引きこもり生活を脅かす「超湿気」を許すわけにはいかないのだ。
そのとき。
要塞の分厚い防音窓の外。
立ち込める濃霧の向こうで、何かが一瞬だけ鋭く、白く光った。
「……?」
私は思わずそちらへと視線を向ける。
だが、次の瞬間には濃霧がうねり、視界を完全に覆い隠してしまい、もう何も見えなくなっていた。
「どうかなさいましたか、アレク様?」
「いえ。何でもありません」
霧のせいで外の魔力光が変に反射しただけでしょう。
私はそう結論づけた。
少なくとも、今の私にとって重要なのは、遠くの白い光よりも目の前の「湿度45%の死守」のほうだった。




