第65話:歪んだ空間という混沌と、限界を超えた「部屋認定」
「この創世の神座の領域内では、あらゆる空間の法則は我が掌上! 貴様らの肉体を三次元ごと捩じ切り、四次元のゴミ箱へ放り込んでくれるわ!」
ヴェルゼが両手を禍々しく掲げた瞬間、周囲の空間がまるで薄いガラスのように甲高い音を立ててひび割れた。床が、壁が、天井が――ありとあらゆる「境界」という概念が目まぐるしく歪み、足元から崩壊し始めていく。
(壁も床もない……重力も室温も滅茶苦茶だ……! このままでは『部屋』として認識すらできない……!)
渦巻く次元の歪みがもたらす猛烈なめまいに、息が詰まる。急激な気圧の変化と硫黄のような悪臭、視覚を苛む幾何学模様の乱反射に、不快感で意識が遠のきかけた。
だが、私の脳裏を支配したのは死への恐怖ではない。
――苦労して回収した『天界龍の綿毛』による、どんな体重も優しく包み込む極上の超低反発マットレス。
――『サイレント・オパール』がもたらす外界の狂騒を遮断する100%防音壁。
――そして、澄み切った空気の中でアリスたちが淹れてくれる、甘く薫り高い紅茶の風景だ。
(ここで倒れれば……あの完璧な安眠と、大画面で見る究極幻影鑑賞室の夢が……私の理想の居室計画がすべて潰える……ッ!)
魂の底から湧き上がる執念で薄れかける意識を強引に引きずり戻し、私は喉を振り絞って仲間たちへ声を飛ばした。
「……アリスさん! ガルムさん! ルードさん! ルル!」
「「「はいっ!!」」」
「皆さんの『存在』で、私を囲んでください!!」
私の意図を即座に察したガルムとルードが、巨体を寄せ合って私の左右と背面をがっちりとガードする。私はリュックの側面から、回収してきた最高の壁材である『サイレント・オパール』の大型板材を迷わず四方へ突き立てた。
すかさず、上空では天界龍のルルが大きく翼を広げ、私たちの頭上をすっぽりと覆うアーチ状の「屋根」を作り上げてくれる。
(四方の強固な遮蔽物、頭上を保護する屋根、そして内部に満ちる命のぬくもり――よし、これ以上ない完璧な布陣だ! ここを……私と仲間たちの『一時的なリビングルーム』と認定する!!)
【スキル:部屋で快適に過ごす(創世の神座共鳴・出力60%)】
『ゴォォォォォォォォン……ッ!!』
ダンジョンの深層、しかも神座のエネルギーに直接共鳴させた限界領域への踏み込み。スキルを発動させた瞬間、こめかみを極太の針で貫かれたかのような鋭い痛みが走る。
(ぐっ……! 神座の共鳴を乗せたこの出力は、流石に脳の血管が焼き切れるような凄まじい負荷か……!)
視界が真っ赤に染まり、膝をつきそうになったその時だった。
「アレク様、紅茶をどうぞ!」
アリスがサッと差し出してくれたカップを受け取り、極上の甘い紅茶を一口含む。喉を通り抜ける芳醇な甘みと温もりとともに、脳を焼き切るような激しい頭痛がスーッと引いていった。
「……ありがとうございます、アリスさん。ちょうど頭の痛みが引き潮のように引いていきました」
「……よかったです。アレク様、本当にお身体は大丈夫ですか? 無理はなさらないでくださいね」
そう言って胸をなでおろすアリスの瞳には、まっすぐな心配の色が宿っていた。
危険なダンジョンの真ん中でありながら、仲間たちの頼もしい気配と温かいお茶の優しさに包まれる。私たちは荒れ狂う空間崩壊の真っ只中で、変わらぬ信頼と落ち着きを取り戻していた。




