第3話:五歳――神託の儀と、最低の「ゴミスキル」③
パタンと重い音を立ててドアが閉まり、カチャリと鍵を回した。
静まり返った自室。
廊下からは、母さんのすすり泣く声と、父さんの怒鳴り声が遠くくぐもって聞こえてくる。
俺は息をひそめ、薄暗い部屋の真ん中に立った。
突き放された肩がまだジンジンと痛み、赤絨毯に叩きつけられた右膝の裏が赤く腫れている。
(……はぁー……最悪だ)
溜め込んでいた息を、口からゆっくりと吐き出す。
胸の奥でドクドクと不規則に脈打つ心拍数を感じながら、俺は手元に意識を集中させた。
『部屋で快適に過ごす』
念じた瞬間、部屋の空気がぬるりと動いた。
足元からじわじわと温かい風が立ちのぼり、さっきまで背中にへばりついていた不快な冷や汗がスーッと乾いく。
ふと床を見ると、角に溜まっていた小さな埃や、靴底についていた赤絨毯の毛屑が、まるで最初から存在しなかったかのように消えていた。
……湿度45%。温度22度。
驚くほど息がしやすく、膝の痛みすら少し和らぐような、完璧な空間。
「……まじかよ」
声が漏れた。
世間も父さんも、これを「ゴミ」と呼んだ。戦えない、ダンジョンに行けない、ヴァルハイトの面汚しだと。
だが、俺の手元でチカチカと明滅するステータスウィンドウを凝視しているうちに、ゲーマーとしての嫌な癖が頭をもたげてきた。
『指定された「部屋」の環境を、最適状態に書き換える』
(……待て。「部屋」の判定ってなんだ?)
壁があって、ドアがあって、天井がある。それが一般的な定義だ。
じゃあ、ダンジョン内の『小部屋』は?
壁が崩れた行き止まりは?
あるいは、空間全体が閉じているボス部屋は?
(……もし、システム側が「ここを自室と認識した」と誤認したらどうなる?)
ダンジョンの毒気や湿気は『不快な環境』として勝手に浄化されるのか?
迫ってくるモンスターは『害虫・ゴミ』として、さっきの毛屑みたいに消去判定が入るのか?
(……これ、睡眠サポートなんかじゃない。空間の環境フラグを強制上書きするバグスキルだろ……)
不快感が消え、妙に心地よくなった部屋の中で、俺の口の端が勝手にヒクついた。
父さんの激怒も、大聖堂での失笑も、どうでもよくなった。絶望している暇なんてない。こんな面白い仕様の検証を前にして、寝ていられるわけがなかった。
「……よし」
俺は痛む膝を庇いながら、自室の壁にペタリと小さな手のひらを当てた。
冷たい壁の感触。5歳児のちっぽけな手。
「とりあえず……次はダンジョンの洞窟で、どこまでが『部屋』扱いになるか試すか」
静かな部屋で、俺は一人、小さく鼻を鳴らした。
(幼少期編 完)




