第3話:五歳――神託の儀と、最低の「ゴミスキル」②
だが――大神官の指先が、石盤の上でピタリと止まった。
「あ……え?」
眼鏡のフチを指で押し上げ、大神官は何度も目をこすった。擦りすぎて鼻の頭が赤くなっている。
光が急速に萎んでいき、あんなに騒がしかった大聖堂から、音が一つずつ消えていった。
大神官の喉がゴクリと鳴り、掠れた声がポロリと漏れる。
「……候補者、アレク。『授与スキル』……【部屋で快適に過ごす】……ランク、F」
「……は?」
後ろで、親父の裏返った声がした。
静まり返った空気の中で、大神官が口の端をヒクヒクと引きつらせながら、おずおずと付け加える。
「えー……効果……『自室における温度、湿度の調整……および、清掃補助……』。あの、生活系の……その、Fランクでして……」
一瞬の間。
そして、どっと頭の上から「波」が降ってきた。
「……ぷっ、あはははは!」
「なんだよそれ! 布団かよ!」
「名門ヴァルハイト家から引きこもりスキルかよ!」
最初は数人の吹き出す声だったものが、一気に大聖堂全体を揺らす爆笑に変わった。
隣で記者が「おい、見出し『ヴァルハイトの神童、布団になる』でいけ」とニヤニヤしながらメモを取っている。さっきまでうやうやしく頭を下げていたスカウトの男は、露骨に舌打ちをして踵を返した。
フラッシュの白い光が、容赦なく目に突き刺さる。チカチカして頭が痛い。
「バ……バカな……ッ!」
背後から、親父の激しい足音が近づいてきた。
肩を強く掴まれる。指先が骨に食い込むほど強く、激しく震えていた。親父の顔は見なくてもわかる。怒りと、信じられないという拒絶で歪んでいる。
「神話の時代より剣聖と爆炎を輩出し続けた、このヴァルハイト家の血統から……Fランクだと……!?」
親父の絞り出すような声が、耳元で激しく震えていた。
吐き出された息が荒く、顔が熱い。親父の目は俺を見ているのではなく、俺の額にある「ヴァルハイト家の汚点」を睨みつけていた。
「……見損なったぞ、アレク」
掴んでいた手が、汚いものに触れたかのように力任せに弾かれた。
5歳児の体はあっけなくよろけ、俺は赤絨毯の上に膝をついた。
親父は倒れた俺を一度も見下ろすことなく、ヴァルハイト家の家紋が刻まれた外套を強く翻し、大股で去っていった。その背中は怒りで硬直し、二度と振り返らないという強い拒絶に満ちていた。
嘲笑と、カメラのシャッター音と、大聖堂の冷え切った空気。
膝をついたままの手のひらに、チクチクとした絨毯の毛足が刺さる。
喉の奥がカラカラに乾いて、唾を飲み込もうとしても上手く飲み込めない。
膝はガクガクと震え、親父に弾かれた肩がじんと痛んだ。
(……つーか、部屋で快適に過ごすって何だよ。どんな判定なんだよ)
膝の痛みと嫌な汗でぐしょぐしょの背中を感じながら、俺はチカチカする目を擦り、床についた自分のちっぽけな手元を見つめた。




