第4話:検証の十年間と、15歳の予備校最終試験①
神託の儀から、10年が経った。
5歳で【部屋で快適に過ごす】というゴミスキルを押し付けられて以来、俺はヴァルハイト家で完全に「空気」になった。
父さんの視線は通り過ぎ、教導役も寄り付かなくなったが、俺にとっては願ってもない環境だった。
(面倒な挨拶も期待もゼロ。検証に没頭するには最高の10年間だった)
この10年、俺がやったことと言えば、泥と埃とカビにまみれることだけだ。
自室から始まり、敷地の隅にある埃くさい納屋、蜘蛛の巣だらけの古倉庫。
一番苦労したのは、街外れの湿気た天然洞窟だった。最初は壁の亀裂から外気が入ってくるせいで「部屋」と認識できず、わざわざ泥を捏ねて隙間を埋めるという無駄な肉体労働を何時間もやった。あの作業で爪の間に詰まった黒い泥は、未だに完全には落ちていない。
(あのときはマジで徒労だったな……)
だが、苦労の甲斐はあった。
途切れなく囲まれた空間でありさえすれば、俺の頭が「よし、ここは俺の部屋だ」と無理やり認識した瞬間に、スキルは強制発動する。
湿度と温度の強制均一化。
洞窟特有の毒胞子や死骸臭は『不快な生活臭』として一瞬でろ過される。
足元をのたくる不快なスライムや毒ムカデの群れ。あれを「掃除すべき害虫・生ゴミ」と脳内で完全にカテゴリ分けできたときは、不気味なほどの衝撃音とともに、一瞬で消え去った。
(……うん。完全にシステムの権限を奪い取ってる)
つまりこの10年で、俺のスキルは「どんな極限環境だろうと、一瞬で俺にとって快適な絶対安全圏に書き換える広域バグ技」へと仕上がっていた。
「おいアレク! なにボーッとしてんだ、最終試験の受付が始まるぞ!」
後方から、予備校の教官の怒号が響いた。でかい声が耳に刺さる。
湿った風が頬をなでる。
15歳になった俺は、長年の実験で手のひらがゴワゴワに固くなった自分の手を見つめ、擦り切れかけた革手袋の指先をぎゅっと引っ張り直した。
目立つのも、自分の手の内をわざわざ見せるのも嫌だ。
俺は、探索者予備校の最終実技試験が行われる演習場のゲートを見上げ、そっと小さく鼻を鳴らした。




