第64話:目的の原石と、快適空間に落ちた魔族
拡張した防音領域とともにピカピカに磨き上げられた通路を進み、迷宮の最深部へと足を踏み入れた私の視界に、それは現れた。
広大な洞窟の壁一面に咲き誇るように群生していたのは、透き通るような美しさを誇る群青色の鉱石――『サイレント・オパール』だ。
「素晴らしい……! あの原石を壁材に使えば、音波を100%吸収する夢の防音壁が完成します……!」
思い描いていた最高級の防音環境が現実のものになる予感に、私の胸は高鳴った。
思わず原石へ駆け寄ろうとしたその時――群生する結晶の影から、禍々しい漆黒の重鎧を身に纏った男がぬっと姿を現した。
「ハハハ! 愚かな人間どもめ! よくぞここまで辿り着いたな!」
邪悪な圧迫感を撒き散らしながら大音量で叫ぶその男は、魔王ガルシス配下の四天王の一角、魔王軍強硬派の最高幹部『音滅のルード』。
広間に響き渡る彼の声には、聞く者の脳を揺さぶるような物理的な破壊衝撃波が乗っていた。
「『あの少年の領域に触れるな』などとガルシス様は怯えておられたが……日傘のガキ一匹に怯むとは焼きが回ったか! この俺が『サイレント・オパール』の莫大な音響魔力を吸収し、王都もろともあのガキを超極大音波魔法で粉砕して――」
ルードが強硬派としての威信をかけ、ガルシスの制止を無視して決行した勝利の宣言を上げようとした、まさにその時。
彼は自ら、私が拡張し続けていた「防音試聴室」の快適領域へと足を踏み入れていた。
『フワァァァ……』
「……え?」
高らかに響くはずだったルードの叫び声が、領域に触れた瞬間に心地よい無音へと吸い込まれて消える。それと同時に、彼の思考がピタリと停止した。
彼を包み込んだのは、完璧な魔法的技術によって管理された湿度と温度、そして耳に心地よい完璧な静寂。
ふと足元を見れば、S級暗殺者であるガルムが「アレク様が歩く場所に塵一つ残さぬように」と、気配すら殺した無駄のない俊敏さで手際よく敷き詰めたふかふかの高級絨毯。さらには、アリスが手持ちの保温魔法で温めていた、香ばしい焼き菓子の甘い香りが優しく空間に漂っている。
(な……なんだこの空間は……!? 音波破壊の極大呪文を唱えようとしたのに……声を出すことすら野暮に思えるほどの……不条理なまでの静けさ……!?)
ルードの脳裏に、かつてガルシスが語っていた「世界のルールの書き換え」「絶対的な不条理」という言葉が激痛とともに蘇る。
彼の中に渦巻いていた「世界を破壊する」という邪悪な殺意と騒音ノイズは、私のスキルの自動清掃プロセスによって「室内環境を著しく害するゴミ」として容赦なく浄化・消去されていく。
「……あの、邪魔です。静かに原石を採取したいので、そこの絨毯の上で正座してお菓子でも食べていてください」
私が作業の手を止めずに冷ややかに告げると、四天王たる男は完全に毒気を抜かれた顔でポカンと口を開けた。
「あ、はい……いただきます……」
吸い寄せられるように漆黒の重鎧を脱ぎ捨てると、彼は絨毯の上にちょこんと正座した。そこへすかさずアリスが差し出した焼き菓子を、彼は震える手で受け取り、一口かじった。
「う……美味い……! ガルシス様の仰る通りだった……! 俺は今まで、騒音と殺戮の毎日で心が荒みきっていた……。こんな温かいお菓子を食べながら静かに過ごす時間が……本当は欲しかったんだ……!」
ぽろぽろと大粒の涙を流し始める魔王軍四天王。もはやそこには強硬派の凶威など微塵も残っていない。
こうして、私は目的である『サイレント・オパール』を大量に採取しただけでなく、すっかり毒気が抜けて「マイホームの音響エンジニアとして雇ってください!」と泣きついてきたルードを、新たな従者(兼・音響スタッフ)として回収したのだった。
「ふぅ……これで極上の寝具と夢の防音壁材が揃いましたね。次は要塞の核となる『創世の神座』を求めて、いよいよ世界中央の古代遺跡へ向かいましょう」
理想のマイホーム完成へ向け、私の妥協なき素材集めの旅はさらに加速していくのだった。




