第63話:遮蔽板による「音響室」の構築と、お掃除の実行
「ガ、ガルムさん! 手持ちの『防音用の折り畳み式遮蔽板』を前後左右に設置してください!」
「ハッ! 直ちに!」
私の悲鳴にも似た指示に、ガルムが凄まじい反応速度で応じた。巨躯からは想像もつかない俊敏な動きで背中の荷物袋から何枚もの重厚な板を取り出すと、私の前後左右の通路を完璧に塞ぐように手際よく設置していく。カチン、カチンと金属的なフレームが噛み合い、私たちの周囲は一瞬にして一面を頑丈な板で囲まれた、小さな立方体の空間へと閉じ込められた。
(認識完了。対象:遮蔽板によって明確に区切られた、この3メートル四方の空間。ここを私の『一時的な防音試聴室』と認定する!)
私の脳内で、ぼやけていた空間の境界線がくっきりと明確な「部屋」として書き換えられていく確かな手応えがあった。
元来、不快な環境に置かれると即座に機能停止してしまう繊細な私にとって、こうして人工的に作り出された明確な境界線こそが命綱なのだ。四方を板で区切ることで、私の日常魔法は「ここは一つの部屋である」と正しく対象を固定することができる。
不快感で崩れかけていた思考を立て直し、私は深呼吸とともに日常スキルを解放した。
【スキル:部屋で快適に過ごす(防音&除湿特化モード:出力45%)】
『シュピィィィン……ッ!!』
四方の遮蔽板の内側が、甘やかな光の粒とともに一瞬で変貌を遂げる。
肌にしがみついていたまとわりつくような不快な湿度は瞬時に吸い取り、心地よい「湿度45%」へと一定に保たれた。それと同時に、遮蔽板の壁面が魔法的な防音性能を帯び、外で鳴り響いていた狂ったような超音波の不快な反響音が嘘のようにシャットアウトされる。空間に満ちるのは、私の精神を優しく癒やす「微かなラベンダーの香り」だ。
出力45%という高負荷な発動に伴い、頭の芯を締め付けるような微弱な頭痛が走る。そのわずかな表情の曇りを見逃さず、アリスが即座に動いた。
「アレク様、お疲れ様です! どうぞ、熱々の甘い紅茶を!」
「おや、助かりますアリスさん」
差し出されたカップを受け取り、芳醇な香りのする紅茶を一口含む。濃密な蜂蜜の甘さが頭痛を優しく包み込み、疲労した神経がじんわりと解きほぐされていく。
「ふぅ……生き返りました。……さて、ではこの『防音室』の壁概念を、そのまま通路の奥まで拡張することにしましょう」
まだ温かいカップをアリスにそっと返しつつ、私は次の作業へと移行した。この快適な防音試聴室の範囲を、迷宮の奥へと滑り込ませるように押し広げていく。
【自動清掃(不快音波消音&カビ除去モード):実行】
シュウゥゥゥ……ッ!
拡張された快適領域が、うねりを上げて地下迷宮の暗い通路を呑み込んでいく。
上空から怒涛の勢いで押し寄せていたS級魔獣『破滅の音波獣』の大群は、その拡張された領域に触れた瞬間、悲惨な運命を辿ることとなった。私のスキルの絶対的な基準において、彼らが発する殺人的な超音波は「防音試聴室の静寂を著しく乱す不快な雑音・騒音」として認識され、彼ら自身もまた「部屋の快適性を損なう害獣ゴミ」として容赦なく分類されたのだ。
キィィ……ッ、シュン……。
魔獣たちが放っていた凶悪な破壊音波は、領域に触れる端から次々と綺麗な「無音」へと書き換えられていく。さらには騒音源そのものであるコウモリたちまでもが、室内の清掃プロセスに従って光の粒子へと静かに分解され、塵一つ残さず綺麗に消去されていった。
それだけに留まらず、湿気と薄汚いカビで黒ずんでいた不快な岩肌の壁面までもが、まるで高級ホテルのエントランスにある磨き上げられた大理石のようにピカピカの質感へと高速で清掃されていく。
たった数秒前まで殺伐とした魔境だった地下通路は、あっという間に静寂と清潔さに満ちた極上の廊下へと変貌を遂げていた。
アレクから返されたカップを両手で大切そうに胸の前に抱えながら、アリスはピカピカに磨き上げられた通路を見渡してうっとりと息を呑んだ。
「空間を仕切って自分好みの部屋にし、そこから一帯をお片付けなさるなんて……相変わらず凄まじい技ですわね、アレク様」




