閑話:アリスの論文・第二章と、深まる狂信
帝国のヴェルナー皇子襲撃、そしてS級深層ダンジョンという一連の事態から数日。
私は相変わらず、実家の離れにある自室で最高のインドア生活を堪能していた。
【快適化】の力で常に温度二十二度、湿度四十五%に保たれた聖域。
ふかふかのソファに身を沈めた私の膝の上には、小型犬サイズに縮んだ天界龍ルルが、満足そうに「きゅ〜ん……」と喉を鳴らして丸くなっている。
「ふぅ……やはりルルが膝に乗っていると、保温性と肌触りが段違いだな」
温かい紅茶を啜りながら、文庫本のページを静かに一頁めくる。
天界龍という伝説の聖獣だろうと関係ない。自室の快適さを高めてくれる最高の「動く高級クッション」が増えた。ただそれだけのことだ。
だが――私が平和なモフモフインドアライフを満喫しているまさにその瞬間、王立魔法アカデミーでは、再びとんでもない「大騒動」が巻き起こっていた。
同時刻。王立魔法アカデミー、大講堂。
前回を遥かに凌ぐ熱気と酸欠状態に包まれた壇上に、アレク様の「専属掃除係(自称)」アリス・フォスターが立っていた。
彼女は黒板に描かれた複雑怪奇な魔術式と図面を指示棒で激しく叩き、怪しい情熱の光を宿した瞳で大演説を打っていた。
「皆さま、静粛に!! 本日はアレク様がまたしても世界を救い……いえ、世界の不快を完璧に『お掃除』なさった偉大なる奇跡についてご報告いたします!」
アリスは手に持った分厚い新作論文――『アレク様における概念的マナー自動矯正と、神域演算に伴う糖分触媒に関する考察』を高く掲げた。
「まず第一の奇跡! 我が庭園へ不躾に攻め込んできた帝国のヴェルナー皇子と大軍勢についてです! アレク様は、襲いかかる敵に対し一切の攻撃魔術など使わず……なんと『折りたたみ遮音パラソルを一本立て、テラス席の領域を拡張した』……ただそれだけであります!」
「「「な、なんだってぇぇぇぇっ!?」」」
「敵の殺気や不快な騒音を『マナー違反の汚れ』と判定し、既存の魔術理論ごと綺麗サッパリお掃除! 皇子を一瞬で『お庭の清掃員』へと浄化せしめたのです!!」
「ば……バカな……! 人間が数年がかりで編み出す魔術式を、マナー向上のお掃除だけで無自覚に凌駕しているというのか……!?」
「さらに!」アリスは黒板に描かれたアメ玉の絵をバン! と叩いた。「世界の概念そのものを書き換えるという神域の魔導演算……! その過酷な負荷を相殺するため、アレク様は『聖なる結晶(いちご味のアメ玉)』をお口に含み、平然と世界の平穏を取り戻されたのです!!」
「「「あ、アメ玉ひとつで概念改変の負荷を相殺だと……っ!!?(絶句)」」」
「そして第二の奇跡!」アリスは黒板の天界龍の図を指示棒で叩いた。「S級深層ダンジョンに君臨していた伝説の天界龍グラン・ドラゴン! アレク様がその領域を『至高のリビング』へと上書きした瞬間、天界龍は自ら巨体を小型化させ……アレク様の膝に納まる『動く高級ふかふかクッション』へと光堕ちいたしました!!」
重鎮たる教授たちが、感動と恐怖のあまり滝のような汗を流しながらガタガタと震え上がった。
「これぞ、既存の魔導理論を神の領域で凌駕し、最強の龍も帝国の皇子も『快適な室内装飾・良質な信徒』へと変貌させる究極の真理! 我らはこのアレク様の『至高のお手入れ』を称えねばなりません!」
「「「アレク様ぁぁぁぁぁっ!!!」」」
感極まったエリート魔導士たちが次々とひざまずき、大講堂に割れんばかりの信仰の歓声が響き渡った。
「……ん? なんだか急に、膝のルルから静電気が起きそうになったな」
私は不意に首を傾げ、ルルの頭を優しくブラッシングした。
「部屋の湿度が0.5%ほど下がっただろうか……? いや、気のせいか」
ルルが幸せそうに「きゅ~ん」と鳴くのを聞きながら、私は静かに文庫本の次のページをめくるのだった。




