第52話:他国の外交使節団と、テラス席の異文化交流
しかし、レオンの特務隊が到着するよりも早く――。
使節団の巨大な隊列は、ヴァルハイト伯爵家の離れの敷地前、すなわち私のお気に入りの庭園へと到達してしまっていた。
『ガラガラガラ!!』
庭園を揺るがす騒々しい鉄輪の音。馬のいななき。重装甲で身を固めた騎士たちの荒々しい行進音。
離れのテラス席で、ちょうど二杯目の紅茶を楽しもうとしていた私は、ふと眉をひそめた。
「……不快ですね」
せっかくの静かな読書時間。完璧な湿度と温度。
そこに突如として飛び込んできたのは、騒々しい鉄の摩擦音と馬の荒い息遣い。さらには、使節団全体から放たれる「相手を威圧して屈服させてやる」という刺々しい殺気の嵐であった。
「アレク様、外が非常に騒がしいようでございますね」
「ええ、困ったものですね」
「申し訳ございません、アレク様! 直ちにお掃除(物理粉砕)してまいります!」
アリスが可憐な顔立ちに凶悪な笑みを浮かべ、腰の『魔導はたき』を構えようとした、その時である。
「まあまあ、落ち着いてください、アリスさん。暴力を振るっては、せっかくの静かな休日が台無しになってしまいますよ」
私は静かにため息をつき、テーブルの脇に立てかけてあった『折りたたみ式・特製遮音ビーチパラソル』を手にとった。
「直接行って、マナーの向上をお願いしてきましょう」
私が離れのテラスから庭園へ一歩踏み出した瞬間、豪華な馬車からヴェルナー皇子が降り立ってきた。
「ハハハ! 貴様が例のFランクのガキか! 拍子抜けだな! おい、我が帝国の威光にひれ伏し、その秘密兵器のカラクリを吐――」
皇子が下品な高笑いを上げ、威圧的な言葉を吐き捨てようとした、その瞬間。
私は庭園の真ん中にパラソルを『ポン』と開き、地面に静かに突き立てた。
(定義開始。対象:この庭園および使節団の隊列全域。ここを私の『テラス席の拡張エリア』と認定します)
【スキル:部屋で快適に過ごす(出力:20%)】
『―――――ズゥンッ!!』
目に見えない無色の概念波動が、庭園全体を一瞬で包み込んだ。
「ぬ……!? なんだ、この圧倒的な重圧は……!?」
ヴェルナー皇子、そして数百人の重装騎士たちの動きが、ピタリと止まった。
彼らが解き放っていた威圧感、刺々しい殺気、馬車の走行音、馬の不快な臭い、さらには皇子の高慢な大声。
それらのすべてが、私の【快適化】スキルによって――
『テラス席の静かなティータイムを害する、極めて不快な騒音・不快臭・マナー違反』
として一括識別されたのである。
【自動清掃(空気浄化&マナー自動矯正&消音モード):実行】
『シュウゥゥゥゥ……ッ!』
瞬間、怪奇とも言える劇的な変化が起きた。
まず、数百頭の馬たちが一瞬でおとなしくなり、整然と姿勢を正して「完全な無音」でたたずみ始めた。
次に、重装騎士たちが撒き散らしていた威圧感が綺麗さっぱり削ぎ落とされ、全員が高級ホテルの給仕人のような「極上のマナーと美しい姿勢」へと自動矯正された。
さらには、馬車の車輪の軋み音は綺麗に消え去り、馬糞の臭いは一瞬で爽やかなラベンダーの香りへと浄化される。
そして――何よりの変化は、ヴェルナー皇子本人だった。
「ひ……ひぃ……っ!?」
皇子の頭の中に渦巻いていた「侵略」「搾取」「威圧」という不快な思考ノイズが、スキルの清掃機能によって『不快な精神の汚れ』として綺麗サッパリ消去・浄化されてしまったのだ。
脳内を完璧にブレインクリーニングされた皇子は、先ほどまでの高慢さが嘘のように澄み渡った瞳になり、その場にすっと美しく正座した。
「あ……あたたかな……日差し……。なんて素晴らしいお庭……そして、この至高の静寂……」
皇子はボロボロと大きな涙を流し始めた。
「私は一体……なぜあんな下品な大声を出し、他人を脅かそうとしていたのだ……? 平和こそ……静かなお茶会こそが……至高ではないか……」
一帯の浄化を見届けた私は、ズキリと小さく痛む頭を押さえた。
どうやら広範囲を指定したせいで、少しばかり脳の糖分を消費しすぎてしまったようです。私はポケットから個包装されたお気に入りのアメ玉(いちご味)を取り出し、かわいらしい包み紙を剥がして口に放り込んだ。
『コロン……』
舌の上に広がる優しい甘さに、じんわりと頭の痛みが引いていきます。やはり疲れた時には糖分に限りますね。
そこへ、遅れて特務隊を率いたレオンが息を切らせて駆け込んできた。
「アレクーッ!! 無事かアレク!! 帝国の不届き者どもめ、ただち――……に?」
荒々しく突入してきたレオンは、目の前の光景に絶句した。
庭園では、帝国の重装騎士たちが極上の爽やかな笑顔で整列し、一枚一枚落ち葉を拾い集める「お庭の清掃ボランティア」を始めている。
そして、帝国の第二皇子であるヴェルナーが、地面に正座してアレクの差し出した温かいお茶を「美味しい……心が洗われるようだ……」と感涙しながら啜っていた。
「……な、何が起きた……!?」
呆然と立ち尽くすレオンに対し、私はアメ玉を転がして頬を少し膨らませながら、パラソルの下で穏やかに告げた。
「ああ、兄さん。なんだかお客様が少々騒がしかったので、マナーの向上と空気の入れ替えをしておきました。見ての通り、皆さんすっかり落ち着かれたようです」
「ま……マナーの向上……!?」
レオンは戦慄した。
他国の皇子と軍隊の「侵略意志」そのものを、お庭のお掃除のついでに概念ごと浄化してみせた弟の規格外さ。
(ア、アレク……! 精神干渉どころか、人間の『邪心』そのものを不快な汚れとして消去したというのか……!? そしてあの余裕……アメ玉を舐めながら国家間兵器並みの概念改変をやってのけたというのか……!?)
レオンは震える手で眼鏡を掛け直し、恐怖と歓喜で興奮を抑えきれずにいた。
その後、ヴェルナー皇子は「王国との永久不可侵条約」をその場で手書きで作成し、私に深々と一礼して「最高の静寂をありがとうございました」と清々しい顔で帰国していった。
「ふぅ……やはりマナーを守ってお茶を飲むのが一番ですね」
私は空になったカップを置き、満足げに微笑んだ。
裏で兄が「またしてもアレクが世界平和を達成してしまった……!」と手帳に狂信的なメモを走り書きしていることなど、私は何一つ気づかないまま。




