第51話:押し寄せる外交使節団と、崩される静寂
秋も深まり、庭の樹木が鮮やかな朱色や黄金色に染まる肌寒い季節となってきた。
だが、私の自室は『部屋で快適に過ごす』の恩恵により、常に室温22度、湿度45%という完璧な快適さを保っている。窓の外では冷たい秋風が吹き抜けているというのに、室内はまるで春の陽気そのものだ。
「ふぅ……やはり秋は読書と、温かい紅茶に限りますね」
私はふかふかのソファに深く腰掛け、アリスが淹れてくれた最高級ルピシア風アッサムティーの湯気を楽しんだ。カップから立ち上る豊潤な甘い香りが、部屋中に心地よく広がっていく。
私は心から満足していた。
十万の魔王軍を消滅させてからというもの、王宮からの面倒な呼び出しもなければ、冒険者ギルドからの強制クエストもない。実家の離れの周辺十キロメートルが「特級静音・生活環境保護区域」に指定されたおかげで、街の喧騒や騒音ひとつ聞こえない天国のような毎日が続いている。
(国の偉い方も、本当に気の利く方がいるものですね。個人主義とインドア派の尊厳を守る、実に素晴らしい国家制度です)
私は、実の兄であるレオンが裏で血反吐を吐きながら全国家権力をフル動員し、暗殺者や騎士団のスカウトを片っ端から永久凍土へ送ったり雲の彼方へ吹き飛ばしたりしていることなど、欠片も疑っていなかった。
「アレク様、本日も王都は平和そのものでございますよ」
完璧なメイドの所作でお代わりの紅茶を注ぐアリス。カップに注がれる紅色の液体が綺麗な湯気を立てる。
「そうですね、アリスさん。世界がこんなにも静かで思いやりに満ちているなんて、実に素晴らしいことです」
だが――どれほど兄のレオンが国内のノイズを完璧に遮断しようとも、物理的に王都へ入国してくる「巨大な外圧」だけは、完全には防ぎきれない時がある。
その日の午後、王都の正門に巨大な地響きが轟いたのだった。
『ズズズズズ……ッ!!』
王都の大通りを埋め尽くしたのは、金と銀の装飾が燦然と輝くド派手な巨大馬車と、重装甲で身を固めた数百人の騎士たちであった。馬の蹄が石畳を打ち鳴らし、大気を震わせるほどの地響きが街中に響き渡る。
何事かと見物に集まった王都の住民たちが、騒然としてざわめいた。
「な、なんだあの豪華な隊列は!?」
「隣国『シルフィード帝国』の皇子、ヴェルナー殿下の外遊使節団だぞ!」
帝国使節団――。
先日の十万の魔獣軍団消滅の報を受け、「王都に潜む未知の超兵器、あるいは規格外の超常能力者の正体を解き明かし、外交的圧力で自国へ連れ帰る」という極秘目的のもと派遣された、帝国最高峰の外交軍事集団であった。
「ハハハ! 貧弱な王国どもめ!」
豪華な馬車の窓から身を乗り出し、高慢な高笑いを上げたのは、黄金の髪をなびかせた青年――シルフィード帝国第二皇子ヴェルナーである。
「十万の軍勢を一瞬で消し去ったという『秘密兵器』の存在、隠し切れると思うなよ! この我が直々に査察し、拒むならば経済制裁と軍事介入で圧倒的な圧力をかけてくれるわ!」
使節団は王宮へ向かうのではなく、レオンの張り巡らせた警戒網を力技の外交特権で突破し、噂の出所である「ヴァルハイト伯爵家の離れ」へと直接進路を向けたのだった。
その頃――『国家裏行政監察局』の局長室。
『バシャーン!!』
レオンが凄まじい衝撃とともに執務机を叩きつけた。あまりの力に高級木材のデスクに大きな亀裂が入る。
「使節団だと……!? 皇子自ら治外法権を盾に突入してきただと!?」
「き、局長! 相手は帝国の第二皇子殿下です! 流石に即座に拘束して永久凍土へ流刑というわけには……外交問題に発展してしまいます!」
顔を蒼白にして報告する部下に対し、レオンは鬼の形相で凄まじい殺気を解き放った。眼鏡の奥の瞳が赤く輝いているようにすら見える。
「黙れ! 相手が皇子だろうが皇帝だろうが関係ない! あ奴らは今、アレクの静寂な午後のひとときを巨大な馬車の走行音と馬糞の臭いで汚そうとしているのだぞ!? 国家存亡の危機だ!!」
バッと黒い外套を羽織り、レオンは即座に特務隊を率いて出撃した。
(アレク……! 待っていなさい! 兄さんが必ずや、あの外交害虫どもを社会的に抹殺してみせる……!)




