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【部屋で快適に過ごす】とかいう不遇スキル、実はダンジョンの概念を書き換える神スキルでした  作者: 静寂 響
第一部:Fランクから始める快適部屋づくり編

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第50話:至高の昼寝計画と、「秋風の悪戯」

『コンコンコン』

 静寂が心地よく満ちる部屋に、控えめだが心地よいリズムのノック音が三度響いた。

「アレク様、アリスです。おやつの準備が整いました」

「どうぞ、入ってください」

 私が文庫本から目を離し、柔らかい声音で応答すると、ドアが静かに開いた。

 入ってきたのは、自称・専属掃除係のアリスだ。彼女は両手で大切そうに抱えた銀のトレーの上に、焼き上がったばかりのクロワッサンと、湯気がふわりと立ち上る珈琲、そして泡立てたミルクが入った小瓶を綺麗に並べていた。

 部屋に入った瞬間、香ばしいバターの匂いと深みのある珈琲の香りが一気に広がり、私の鼻腔を心地よく刺激する。

「お待たせいたしました、アレク様! 本日の特製クロワッサンと、淹れたてのカフェオレでございます」

 アリスは洗練された無駄のない所作でトレーをサイドテーブルへと運ぶと、慣れた手つきで珈琲にミルクを注ぎ、黄金比のカフェオレを完成させてくれた。増量されたミルクのまろやかな白と黒の対比が美しい。そして、ニコニコと実に晴れやかで完璧なメイドの笑顔を私に向ける。

「アレク様、本日も王都は『異常なほどに静かで平和』ですよ!」

「そうですね。本当にありがたいことです……おや? なんだかさっき、外で『ドカン』と、まるで突風が爆発したような凄まじい音が聞こえた気がしたのですが……気のせいでしょうか。どこか遠くで秋の深まりを告げる強風でも吹いたのかもしれませんね」

 私が窓の外の青空に視線をやりながら首を傾げると、アリスは一瞬たりとも笑顔を崩すことなく、即座に手をポンと打ち鳴らした。

「ええ、ええ! まったくもってその通りでございます! あれはただの『秋風の悪戯』です! 生け垣の落ち葉が少しだけ豪快に舞い上がった程度のことですので、どうぞ一切気になさらないでくださいね!」

「なるほど、秋風の悪戯ですか。季節の変わり目というのは、時に力強い風が吹くものですね」

「はい! お庭の『害虫』や『落ち葉』も綺麗さっぱり吹き飛んでいきましたので、どうぞご安心ください!」

 アリスの屈託のない言葉に納得し、私は温かいカフェオレのカップを手にとった。一口含めば、ミルクのまろやかさと珈琲のコクが絶妙に口内に広がり、思わずホッと息が漏れる。続けてサクサクのクロワッサンを一口頬張ると、香ばしい生地の旨味が広がった。

「本当に助かりますよ。アリスの淹れてくれたカフェオレは実に美味しいですし、毎日こうして誰にも邪魔されず静かに本を読めるなんて、最高の贅沢です。……まあ、兄さんも行政監察局の仕事で日々忙しそうにされているみたいですし、私としても兄さんに余計な心配や迷惑をかけないよう、この離れで静かに穏やかに過ごすことにしましょう」

「ふふ、アレク様の日頃のお心がけと、静寂を愛されるお人柄のおかげですね!」

 アリスは心底嬉しそうに頷くと、自らの腰に下げたモップを取り出し、甲斐甲斐しく離れの拭き掃除を始めた。

 私は満足げに微笑み、再び手元の文庫本へと視線を戻す。

 ――実の兄であるレオンが国家権力をフル動員し、隣国の最高幹部級暗殺者を『安眠保護』の名のもとに永久凍土の大坑道へ流刑に処していること。

 独立独歩の姿勢を見せつける行政監察局の裏で、目の前で健気にお掃除をしているメイドが、王立騎士団長の放った超一流の密偵を『不快な害虫』として魔導はたきで雲の彼方へ吹き飛ばし、「不都合な現実」を物理的・社会的に完全消滅させていることなど――私は何一つ知る由もなかったのである。

「ふぅ……さて、美味しいおやつもいただきましたし、午後は少しだけ贅沢に昼寝でもしましょうか」

 私が文庫本に栞を挟み、軽く背伸びをしながら呟くと、アリスはお掃除の手をピタリと止めて目を輝かせた。

「まあ! 素晴らしい『読書と休息の計画』ですね! アレク様の貴重なご休息を1秒たりとも妨げぬよう、直ちにベッドのお布団を最高レベルにフカフカにセットいたします!」

 テラスから差し込む秋の陽光、静かな空気清浄の音、香ばしいパンの余韻、そして誰にも邪魔されない至高の静寂。

 外の世界でどれほどの政治的陰謀や暗殺の嵐が吹き荒れていようとも、私の「完璧な自室」は、今日も今日とて何者にも侵されることはないのだった。

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