第46話:裏の契約と、二大狂信者
その夜。王都の最暗部に位置する、地図に記載すらされていない秘密の地下会合場所。
石造りの冷ややかな壁に囲まれた室内に、わずかな燭台の灯りが揺れていた。影がゆらゆらと蠢く暗がりの中、レオン・ヴァルハイトの前に、音もなく一人の少女が姿を現した。
漆黒のメイド服を纏い、隙のない洗練された佇まいを見せる少女――アレクの「自称・専属掃除係」として身の回りに仕えるアリスである。
「……お久しぶりです、レオン様。いえ――王立行政監察局長とお呼びするべきでしょうか」
「無駄な挨拶は不要だ、アリス」
レオンは手元に携えた機密書類から一切目を離すことなく、氷のように冷淡な声を室内に響かせた。
「現場でのアレクの雑務や給仕、生活空間の維持は君の領分だ。王立アカデミー始まって以来の才能を持つ君が、あえて掃除係としてアレクの身近に控えていることの有用性は認めている。だが――現場の身の回りの世話だけでは、到底防ぎきれない『政治的ノイズ』が存在する」
レオンは胸ポケットから取り出した細身のペンを置くと、簡易の木製机上に、分厚く束ねられた極秘文書を淡々と投げ渡した。
「王宮からの強制徴用令、近衛騎士団からのスカウト、冒険者ギルド上層部の干渉、そして他国の諜報員……。アレクの静寂を脅かすあらゆる外圧は、私が権力と法を用いて裏からすべて揉み消しておいた。ちなみに、アレクの持つ『領域』の異状を察知して潜入していた他国のスパイ組織三機関も、すでに社会的な裏工作と物理的な暗躍により、完全に国外追放済みだ」
「流石はレオン様……恐ろしいほど完璧な手際ですね」
アリスは並べられた書類に軽く目を落とし、感心したように細く息を漏らした。それらの書類には、王国の中枢すら揺るがしかねない政治的謀略の爪痕が、完璧な手腕で抹消された痕跡として刻まれていた。
「ですが、現場の状況も甘くはありません。アレク様は伯爵邸におかれましても、さらなる空間改変を進めておられます。伯爵様の長年の持病であった肩こりを『除去すべき不快物』として概念ごと消去し、さらには老朽化していた屋敷全体を自動修復なさった件、ご存じですか?」
「……何?」
レオンの手が止まり、メガネの奥の冷徹な瞳が激しく見開かれた。
「父の持病を『不快物』として……!? なんという概念干渉……! アレクはついに人間の中にある『不快な概念』すらも、掃除の対象とし始めたというのか……!」
レオンの脳内で、アレクの何気ない親孝行が「人類の領域を超越した神域の概念消去」へと即座に変換・過大評価されていく。アリスはその激しい勘違いを否定するどころか、深く頷いて同意を示した。
「ええ。アレク様のご威光と能力は、もはや国家や物理法則の枠組みすら遥かに超えています。ですから――」
アリスはすっと目を細め、刃のように鋭い視線でレオンを見据えた。
「アレク様の静寂と快適な日常を害する国家や政治のノイズは、すべてあなた様が処理してくださいませ。現場の掃除係である私では、手が出せない領域ですから」
「言われるまでもない」
レオンはメガネの位置を指先で直し、その薄い唇に冷徹極まりない笑みを浮かべた。
「君は現場でアレクの身の回りを完璧に整え、余計な羽虫を一匹たりとも近づけさせるな。裏の圧力・法律・国家間の権力闘争はすべて私が引き受ける。――アレクの静かな日常を害するものは、国家であろうと神であろうと、何者であれ許さない」
二人は握手すら交わさず、ただ「アレクの快適な日常を死守する」という異様なまでの狂信的一点でのみ利害を一致させ、冷ややかに背を向け合った。




