第40話:王都の大騒ぎと、テラス席のクロワッサン
十万の魔獣軍団と、魔王軍四天王の一角『狂乱のガルバ』が一瞬にして消滅した、あの大規模な「お掃除」から一夜が明けた。
王都は早朝から、かつてないほどの熱狂と混乱、そして「謎のFランク探索者」を巡る噂話によって空前の大ブームに沸き返っていた。
「おい、聞いたか!? 昨日の北の平原の事件!」
「当たり前だろ! 崩壊寸前だった王立騎士団の目の前で、パラソルを一本立てただけの少年が、十万の軍勢を一瞬で消し去ったんだろ!?」
「四天王のガルバすら、ゴミみたいに綺麗さっぱり消されたって話だぜ……!」
「あの少年は一体何者なんだ……!? 伝説の『清掃の聖者』か、それとも人間を模した神の化身か……!?」
大通りを行き交う人々や冒険者たちが、興奮冷めやらぬ様子で身を乗り出し、昨日の不条理なまでの奇跡を語り合っている。
号外を配る新聞売りの少女の叫び声や、あちこちの酒場で繰り広げられる議論によって、街全体が地鳴りのような熱気と大騒ぎに包まれていた。
だが――当の渦中にいる本人はというと。
「ふぅ……やはりこのカフェのテラス席は落ち着くな」
王都の喧騒から少し離れた、静かな裏路地にひっそりと佇む隠れ家風カフェ。
木漏れ日が柔らかく差し込むテラス席で、私は日よけタープを張ることもなく、ただの客として木目調のローテーブルにつき、穏やかな朝の時間を満喫していた。
テーブルの上には、焼き立ての香ばしい匂いを漂わせる黄金色のクロワッサンと、湯気がふわりと立ち上る深い味わいのカフェオレ。
「アレク様、本日の朝刊でございます」
隣に静かに控えていたアリスが、うやうやしい動作で折り畳まれた新聞をテーブルの脇に差し出してきた。
その第一面には、紙面の半分を占めるほどの躍動感ある太字で、デカデカと衝撃的な見出しが躍っている。
『パラソル一本で世界を救った謎のFランク!? 救世主の正体を追え!』
「……目立ちすぎですね。静かに過ごしたいだけなのに」
私はカフェオレのカップを傾け、温かい液体を口に含みながら苦笑いを浮かべた。
自分としてはテラス席の静寂を乱すホコリや害虫を駆除しただけに過ぎないのだが、世間の受け取り方はあまりにも大袈裟だ。
「仕方のないことかと存じます。アレク様が十万の害獣を一瞬でお掃除なさってしまったのですから。ですがご安心ください。ギルド長が『あの少年の静寂を乱すな! 正体調査は即刻中止だ!』と青ざめた顔で関係者に厳重な口止めをしておりますので」
「ギルド長には感謝しておかないといけませんね」
勝手な勘違いや深読みをしてくれているようだが、今回ばかりは私の望む「静かな日常」を守る防波堤として、実によく機能してくれている。
正体が明るみに出てカフェにすら行けなくなる事態だけは勘弁願いたいところだった。
私はナイフで小さくカットしたクロワッサンに、特製の濃厚な苺ジャムをたっぷりと載せ、口へと運ぶ。
サクッ、という軽やかな音とともに香ばしいバターの風味が広がり、続いて甘酸っぱいジャムの濃厚な甘みが口いっぱいに満ちていく。
昨日、出力40%を解放したことで脳の糖分が激しく消費されていたが、その疲労感すらもじんわりと解けていくような感覚があった。
「素晴らしい……完璧な休日だ」
周囲の大騒ぎをどこか他人事のように遠くに感じながら、私は澄み切った秋の空を見上げ、満ち足りた吐息をつくのだった。




