第37話:戦場のテラス席と、初解放の出力40%
王都北門の外。
そこはまさに、天を突くほどの絶叫と絶望が渦巻く地獄の戦場だった。
「ひぃぃっ! 駄目だ、防ぎきれない!」
「壁が……王都の重厚な外壁が破られるぞー!!」
王立騎士団の堅固な防衛線は、開戦からわずか数分で崩壊寸前へと追い込まれていた。
地平線を埋め尽くす十万の魔獣軍団が、大地を揺るがす地響きとともに怒涛の勢いで押し寄せてくる。
その軍勢の後方、空中を浮遊する黒い魔導陣の上では、四天王『隠密のガルバ』が腕を組み、冷徹な瞳で戦場全体を見下ろしていた。
(ふん……力押しの暗殺はリスクが高すぎるが、この十万の物理的な【数の暴力】ならば圧殺できる。いくら不条理な領域を持っていようと、押し潰されれば終わりだ)
ガルバが勝利を確信し、冷酷な冷笑を浮かべたその時だった。
「おい! 誰かあいつを止めろ! 死にたいのか!?」
「騎士団の陣形を横切って、平原の中央へ向かっていくぞ!?」
悲鳴を上げながら退避する騎士たちの波を逆流するように、一人の少年が悠々と歩み出ていく。
背中には、いつものパンパンに膨らんだ巨大なリュック。
手には、昨日ギルドの購買部で新調したばかりの『最新型・ポータブル軽量パラソル(日よけ魔導&防水付与)』が握られていた。
「な、なんだあのガキは!? おい、引き返せ! 潰されるぞ!」
血吐くような思いで叫ぶ騎士隊長の声を、私は完全に右から左へ聞き流した。
平原のちょうど真ん中、十万の魔獣軍団が爆進してくる目と鼻の先の地点で足を止める。
そして、手に持ったパラソルをパッと軽快な音とともに広げると、躊躇なく地面へと深く突き刺した。
続いて背中のリュックから取り出したのは、ワンタッチで展開する折りたたみ式の「極上ローチェア」だ。
クッション性を確かめるようにポンポンと叩いてから、私はそこに優雅な所作で腰を下ろした。
「よし。設置完了」
「ア……アレク様、パラソル一本で十万の軍勢を迎え撃つおつもりですか……!?」
後ろに控えていたアリスが、流石に今回は少しだけ引きつった顔で私を見下ろしている。
「アリスさん。部屋の掃除において、ゴミが十個だろうが十万個だろうが、やるべきことは変わりません」
「なるほど……! ゴミの数に惑わされることこそが、無駄なエネルギーの浪費というわけですね!」
私の意図を即座に(独自に)理解したアリスが、感銘を受けたようにポンと手を打った。
私はマイペースにリュックから魔法瓶とティーカップを取り出すと、温かい紅茶を静かに注ぎ入れた。
するとアリスは手際よく小袋を取り出し、特製の高濃度角砂糖をカップへ二個落とし込んだ。
「アレク様。以前20%出力を試された際、頭痛を起こしてアメ玉をお召し上がりになっていましたので……念のため、より即効性の高い糖分をご用意いたしました」
「助かります、アリスさん。実は今回、初めて40%まで出力を引き上げるつもりでしたからね。これがないと酷い頭痛に見舞われるところでした」
アリスの気の利き方に感謝しつつ、しっかりと甘くなった紅茶を飲み干す。高濃度の糖分が体に染み渡り、これから訪れるであろう脳への負荷に備えが整っていく。
「さて……手早く『害虫駆除』を終わらせて、本命のカフェへ向かいましょうか」
遥か後方でその光景を目撃したガルバの顔から、余裕の笑みが消え去った。
『な……何だあのガキは……!? 戦場の真ん中で……お茶を飲んでいるだと……!?』
分析家であるガルバの脳裏に、強烈な不吉の予兆が走る。
しかし、すでに怒涛の魔獣の波は、アレクの数メートル手前まで迫っていた。
私は静かにカップを置き、心の中で語りかけた。
(定義開始。対象:このパラソルを中心とした、北の平原全域。ここを私の『一時的な広大なテラス席』と認定する)
【スキル:部屋で快適に過ごす(出力:40%)】




