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【部屋で快適に過ごす】とかいう不遇スキル、実はダンジョンの概念を書き換える神スキルでした  作者: 静寂 響
第一部:Fランクから始める快適部屋づくり編

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閑話:影の計算と、父親の現実逃避

薄暗い部屋の中で、羊皮紙に記された報告書を指でなぞる男——ガルバがいた。


彼はただ淡々と、一人の少年……アレク・ヴァルハイトの動向を独自に観察し、調査し続けていた。


「……薬草採取の件に続き、今度は屋敷の一瞬での修繕と、当主の不調消滅か」


ガルバの低い呟きが、静まり返った室内に重く落ちる。


手元の報告書に刻まれているのは、常識を根本から揺るがす異常事態の数々だ。

至極ありふれた薬草を、一歩も危険を冒すことなく【最高品質】へと変貌させ、あり得ないほどの【大量回収】を一瞬でやってのけた薬草採取の件。

そして本日、離れで起きた決定的な現象——物理的な構造や距離をことごとく無視し、指一本触れずに巨大な屋敷全体を最高級の空間へと作り変え、当主ガルダスの長年の身体の不調すら消し去ってみせた件。


「仮に暗殺や毒殺、不意打ちを試みたところで……あらゆる『個』による奇襲は意味をなさないな」


ガルバの頭脳は、一切の感情を排して状況を冷徹に分析していた。

アレクの持つスキル【部屋で快適に過ごす】。その本質は、彼を中心とした領域内において、彼の『快適さ』を害する一切の要素を自動的に排除・改変する絶対的な防衛機構だ。

刺客を差し向けたところで、アレクにとっては『快適な睡眠を邪魔する不快なゴミ』や『雑音』として認識され、接近した瞬間に自動処理されるのが目に見えている。


「スキルの発動判定範囲、および処理の許容量……そこには必ず物理的な限界が存在するはずだ。個の力で突破できないのであれば——」


ガルバは静かに羊皮紙を折りたたむと、暗闇の中に冷たい眼光を走らせた。


「無数の圧殺。一度に判定許容量をオーバーフローさせる、十万という圧倒的な数の暴力で押し潰すほかない」


常人では到底発想し得ない、規格外の怪物に対する唯一の解答。

ガルバは迷うことなく立ち上がると、その『十万の軍勢』を動かし得る唯一の存在——魔王への直接の進言へと向けて、静かに影の中へと消えていった。


---


一方その頃。

ヴァルハイト家の執務室では、当主ガルダスがガタガタと全身の震えを止められずにいた。


離れから命からがら逃げ帰り、重厚な扉を閉めてなお、背筋を這い上がる不快な汗が吹き出して止まらない。手袋をはめた己の手を見つめ、痛みの完全に消え去った自らの肩を触り、ガルダスは絶望に顔を歪めた。


(雑音……だと……? 私の身体の不調も、私の声も、すべてただの雑音として消去したというのか……!?)


恐ろしい。息が詰まるほどの恐怖だ。

指一本触れられず、言葉を交わしたわけでもないのに、己の存在そのものを「ゴミ掃除のついで」のように扱われたのだ。


ガルダスは頭を抱え、重い沈黙の中でガリガリと爪を立てた。

脳裏に濁流のように溢れ出してきたのは、ずっと心の奥底に封印していた、あの忌まわしい過去の記憶だった。


——あの日。大聖堂で行われた、スキル授与の儀式。


大聖堂全体が揺れるほどの魔力の奔流。

『おお……っ! この光は……!』と身を乗り出した己の興奮。

石盤の表面に古代文字が刻まれ、神童と呼ばれた我が子の輝かしい将来を確信していた、あの瞬間。


しかし、大神官の顔が凍りつき、掠れた声で読み上げられた真実。


『候補者アレク。『授与スキル』……【部屋で快適に過ごす(ランクF)】』


父である自分の声は裏返り、大聖堂を包んでいた熱気は潮が引くように消え去った。

失笑と嘲笑の嵐。記者たちの容赦ないカメラのフラッシュ。アカデミーのスカウトが興味を失って背を向ける気配。


『バカな……私の完璧な教育が……我が家の名誉が……』


怒りと恥辱で顔を蒼白にし、冷酷な失望とともに『ヴァルハイト家の面汚しめ』と吐き捨てて、幼い息子を置き去りにして一人で大聖堂を去った。


(そうだ……私はあの日、あいつを切り捨てた……『無能』と決めつけて離れに追いやり、見捨てたのだ……!)


だが、ガルダスの胸を鋭く刺し穿つ本当の後悔は、そこではなかった。


あの日、大聖堂で激しい嘲笑と哀れみの視線を浴びながらも、幼いアレクは涙一つ流さなかった。ショックを受ける様子もなく、まるで周囲の狂乱など初めから存在しないかのように、ただ異様なほどの冷静さで淡々と己の手元を見つめ、スキルの確認に集中していたのだ。


周囲の大人たちが狂乱し、父である自分が激昂する中で、アレクだけがただ一人、凡人の理解が届かない場所に立っていた。


(私は……分かっていたのだ……。あいつのあの瞳……あの常軌を逸した冷徹さと異質さに……あの日、すでに気づいていたのだ……!)


父親であり、当主である自分が、その正体不明の『恐怖』と正面から向き合うのが恐ろしかった。

だからこそ、「ランクFのハズレ能力」「名門の面汚し」という都合のいいレッテルを貼り、離れに押し込めて存在ごと目を背けた。そうして見ないフリを決め込み、現実逃避を決め込んでいたのだ。


(私は……あいつが『無能』であってほしかったのだ……!!)


自分の弱さから目を背け、放置し続けた結果。

離れの中に閉じ込められていたのは『哀れな無能』などではなく、自分の理解を遥かに超越した、不可侵の怪物だった。


手遅れになった今となっては、もうどうすることもできない。

ガルダスは暗い執務室で一人、顔を覆いながら、過去の自分の浅はかさと圧倒的な怪物への恐怖に、ただガタガタと震え続けることしかできなかった。

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