第34話:絶望する父と、部屋掃除の副産物
ドタドタドタッ、と廊下を慌ただしく踏み鳴らす足音が近づいてくる。
異変の騒ぎを聞きつけて本館から離れへ疾走してきた執事や使用人たちが、開け放たれた離れの入り口へなだれ込み——そして、絶句してガタガタと膝を折り、その場に腰を抜かした。
積み重なっていた長年のチリやホコリは欠片一つなく消滅し、傷だらけだった床や壁は磨き上げられた大理石のように鈍い光を放っている。部屋の隅々にまでほのかに高級アロマの可憐な香りが漂い、自由気ままに荒れ放題だったはずの古びた離れが、まるで神殿か王宮の一室のように完璧に整えられていた。
そして何より使用人たちを恐怖させたのは、部屋の中央に立つ人物の姿だ。
怒り狂って離れへ乗り込んでいったはずの当主ガルダスが、信じられないものを見る目で己の手のひらを見つめ、自分の肩をグルグルと回しながら「痛くない……痛くないぞ! どこも痛くない……!」と、子供のように歓喜の涙を流しているのだから。
「な、ななな……何がどうなっているんですか……!?」
あまりに浮世離れした光景に、老執事が声すら満足に出せず、ガクガクと顎を震わせる。
使用人たちがパニックで床にへたり込む中、ガルダスはハッと正気に戻ったように、自分が今置かれているあまりに異常な状況へと意識を向けた。そして、ガタガタと身体を震わせながら、ゆるゆると私の方を振り返る。
「あ……アレク……! 貴様……一体何をした……!?」
私は部屋の中央に立ったまま、ただ静かに父を見つめ、淡々と答えた。
「何もしていません。部屋の掃除をしただけです。父上の怒声も身体の不調も、ただの雑音でしたので除去しておきました」
「雑……音……!?」
ガルダスは絶句した。
自身の長年の不調を一瞬で治癒し、巨大な屋敷全体を指一本触れずに超高級空間へとリフォームしてみせた息子の力。それが彼にとって「ついでに行われた部屋の掃除」に過ぎないのだ。
「バ……バカな……! 【部屋で快適に過ごす】というスキルは……そんな神の如き奇跡を起こせる能力だったというのか……!?」
ガルダスの顔から急速に血の気が引いていく。
青ざめた皮膚に滝のような冷や汗が浮かび、激しい後悔と戦慄がその表情をぐにゃりと歪ませた。ガタガタと膝が打ち合わさり、まともに立っていることすらできそうにない。
(私は……我々は……一体どれほどの怪物を『無能』と蔑み、離れに追いやっていたのだ……!?)
無感情な私の視線に射殺されそうな恐怖を抱きながら、ガルダスは言葉を失っている。
「さて、父上」
私は壁に掛けられた振り子時計をちらりと見上げた。
「掃除も終わりましたし、長年の肩こりもすっかり治ったでしょう。そろそろ私の部屋から出ていっていただけますか? 次は『二度寝』の時間ですので」
「あ……あぁ……」
ガルダスには、もはや反論する気力も残されていなかった。顔を蒼白に染めたまま、思考すら停止させた状態で、這うような足取りで廊下へと退散していく。腰を抜かした使用人たちも、当主の後に続いて蜘蛛の子を散らすように去っていった。
バタン、と離れのドアが静かに閉まる。
廊下の騒ぎも遠ざかり、部屋には再び、私だけの完璧な静寂と快適さが戻ってきた。
「ふぅ……やはり自分の部屋が一番落ち着くな」
私は息を吐くと、高級アロマの香りが優しく漂う空間で、ふかふかのベッドへと再び深く身を沈めた。そして何一つ気にかかることのない穏やかな心地よさの中で、静かに目を閉じたのだった。




