第33話:屋敷全体の自動修繕と、ついでに消えた肩こり
私は静かに意識の出力を一段引き上げた。
――出力、二十パーセント。
瞬間、頭の奥を直接針で刺されたかのような、ズキリとした鋭い痛みが脳裏を駆け抜けた。
(……やはり、広域での二十パーセントは少し頭にきますね)
私は眉をひそめつつ、枕元に常備してある小さな缶からアメ玉をひとつ摘み上げると、ぽいと口の中へ放り込んだ。じわりと広がる甘みが、激しい魔力消費によって急激に糖分を欲していた脳の疲労をわずかに和らげていく。
そして、その痛みの代償として放たれた目に見えない無色の波動が、私の体を起点として離れから本館、さらには屋敷を取り囲む庭園全体へと一気に伝播した。
屋敷全体の自動修繕と、空間内に充満する不快なノイズの自動清掃が、同時に一斉へと走り出す。
『―――――ッ!?』
「な……なんだ……!?」
顔を真っ赤にして怒鳴り続けていた父・ガルダスが、唐突に言葉を詰まらせた。
まず劇的な変化が起きたのは、ヴァルハイト伯爵家の屋敷そのものだった。
築数十年が経過し、あちこちの壁に生じていた小さなひび割れや塗装の剥げが、スキルの『空間清浄』と『自動清掃』機能の波及により、一瞬にして新築同様の美しさへと修復されていく。
ギシギシと嫌な音を立てていた廊下のキシミ音は完璧に消え去り、長年のホコリと風雨でくすんでいた窓ガラスは太陽の光を美しく反射するほどピカピカに磨き上げられ、庭園の雑草すら整然と整えられた。屋敷全体が、まるで一流の職人たちが数ヶ月の歳月をかけて改修した最高級ホテルのスイートルームのような、澄み渡る静寂と清涼な光に包まえていく。
そして――自由な動きと日常の快適さを容赦なく奪う『身体の不調』も例外ではない。
ガルダスの体内に蓄積されていた長年の重度な肩こり、腰痛、血管の滞り、そして過酷な当主としての重圧による神経の刺々しい高ぶり。
それらはすべて、私が拡張した快適空間において――
『空間の快適性を損なう、不快なノイズ』
として、容赦なく一括で除去対象に判定されたのだ。
『シュウゥゥゥゥ……』
「あ……あが……っ!?」
ガルダスは目を見開き、プルプルと震える自分の両手を凝視した。
首から肩にかけて鉄板のようにカチコチに固まっていた筋肉が、まるで極上の温水プールに身を沈めたかのように、フワリと一気に解けていく。
長年、血管を圧迫し続けていた老廃物が綺麗さっぱり清掃・排出され、頭のてっ中心まで澄み渡るような新鮮な酸素と血流が駆け巡った。
視界を覆っていた重苦しい疲労の霞が一瞬で吹き飛び、脳の霧が晴れ渡る。
数十年ぶりに「全身の痛みが完全にゼロになる」という、怒鳴り込んできた本人にとってはあまりに理解不能な異常事態。
「か……肩が……軽い……!? 腰の痛みが……消えた……!? なんだこれは……身体が……羽のように軽いぞ……!?」
先ほどまで血管を浮き出させて怒号を放っていた父はどこへやら、ガルダスは激怒していたことすら完全に忘れて、自分の肩や腰をペタペタと触りながら呆然と立ち尽くしていた。
さらには、ガルダスが持ち込んだ怒気の熱気や荒い息遣いによって乱れていた室内温度も、一瞬で元通りの心地よい21.5度へと引き戻される。
不快なノイズが綺麗に消え去り、静寂を取り戻した室内。
口の中でコロコロと音を立てるアメ玉の甘味を味わいながら、私は息を吐いた。
「よし。これで少しは静かになりましたね」
少し残る頭の重みを解消すべく、私は深く満足して、再び羽毛ベッドの上にそっと身体を預けた。




