第31話:数年ぶりの父の来訪と、異様に快適な離れ
陽光が柔らかく差し込む、ある日の午後。
私は離れの自室で、ギルドから届いたばかりの「薬草納品に関する調整依頼書」という一枚の羊皮紙を眺めていた。
事の発端は、数日前のことだ。
日々の生活費を稼ぐためだけに受けたギルドのFランク薬草採集依頼だったが、普通に野山を歩き回るのは面倒くさい。そこで私は、持ち運び用の折りたたみ式日よけ幕で快適な日陰を作り、その下でくつろぎながら【自動清掃(分別・抽出モード)】を発動させた。
すると、半径数キロメートル内に生えていた上質な薬草だけが自動的に一瞬で分別・抽出され、根元から綺麗に刈り取られて私の手元へ整然と積み上がったのだ。
作業時間は、移動も含めてほんの数秒。
あまりに簡単に終わるので、日課の散歩ついでに数日間ほど同じ作業を繰り返し、ギルドの裏手に設置された納品箱へと放り込み続けていた。
その結果――ギルドの広大な地下倉庫が、私が持ち込んだ無駄に鮮度の良い最高級薬草によって天井まで埋め尽くされてしまったらしい。
手紙には、ギルド職員たちの血と汗と涙が滲むような、痛々しいまでの切実な文字でこう書かれていた。
『当面の間、薬草の納品を固くお控えいただけますと幸いです。現在、全職員を挙げて倉庫の整理と乾燥作業に追われており、これ以上の搬入は物理的にギルド機能の停止を意味します。重ねてお願い申し上げます』
「まあ、しばらく依頼を受けなくていいなら好都合だな」
ギルドの営業停止を心配するどころか、堂々とニート生活を延長できる大義名分を得たことに、私は小さく満足の首を頷かせた。
依頼書を適当に折って机の引き出しの奥深くへ放り込むと、私はぐっと大きく背伸びをした。
部屋の隅に置かれた『永久温調の魔石』からは、微かな効果音すら立てず、肌を心地よく撫でる21.5度の冷気がそよ風のように流れている。そして、真珠の魔導具が空気中の埃や湿度を完璧にコントロールし、室内は常に深山清流のような澄み切った空気に満たされていた。
私は吸い寄せられるように、羽毛のふかふかベッドへと身を投げ出した。
五歳で【部屋で快適に過ごす(ランクF)】という、戦闘にも生産にも一切役に立たないハズレスキルを授かって以来、私はこのヴァルハイト伯爵家の中で「落ちこぼれの末子」として扱われてきた。
厳格で成果主義の父からは一族の恥晒しとして呆れ果てられ、本館から遠く離れたこの古い離れへと追いやられて放置されていたのだ。
だが、私にとってこの放置状態こそが、何物にも代えがたい「至高の平穏」だった。
誰からも期待されず、邪魔もされず、自分の思い通りにカスタマイズした究極の快適空間で、好きなだけ惰眠を貪る。これ以上の幸せがこの世にあるだろうか。
冷たいシーツの感触に心地よく頬をすり寄せ、ゆっくりと瞼を閉じかけた――まさに、その瞬間のことだった。
『ドカドカドカドカッ!!』
乱暴に廊下の床板を踏み鳴らし、重厚な静寂を切り裂いて接近してくる粗暴な足音が聞こえてきた。
我が家の離れには到底似合わない、威圧感に満ちた重厚な魔気の脈動。
直後――。
『ババァン!!』
蝶番が悲鳴を上げるほどの猛烈な勢いで、自室の重厚な木製ドアが蹴り開けられた。
「アレク!! 貴様、一体何の企みだ!!」
部屋の中に雷鳴のごとく響き渡ったのは、地鳴りのような怒号。
そこに立っていたのは、身にまとった豪奢な貴族服を怒りで震わせ、額に青筋を浮かべた男――数年ぶりに見る私の実の父親であり、ヴァルハイト伯爵家の現当主、ガルダス・ヴァルハイトその人だった。




