第29話:新居の「家電設置」と、忍び寄る魔王軍の影(後編)
その頃――人間たちの暮らす王都から遥か遠く離れた、暗黒大陸の最深部『魔王城』。
天空を覆う暗雲と、禍々しい紫の魔気が渦巻く玉座の間にて、異様な緊張感の中で緊急の最高幹部会議が開かれていた。
大魔王に仕える最高幹部――『魔王』の一人が鎮座する玉座の周りを、配下の四天王や高位の魔族たちが重々しく取り囲んでいる。
「報告いたします、魔王様!」
重厚な漆黒の全身鎧を響かせ、四天王の一人である『狂乱のガルバ』が凄まじい緊張の面持ちで膝をつく。
「我が軍の精鋭部隊が、人間どもを内側から崩壊させるべく王都近郊に発生させた『S級特異点(神殿ダンジョン)』ですが……先ほど、突如として魔力反応および通信が完全に途絶いたしました!」
「なに……?」
玉座の奥深くに鎮座する巨大な影――魔王が、暗闇の中で不気味な赤き双眸を怪しく光らせる。重低音の圧迫感が、広大な玉座の間を激しく震わせた。
「S級神殿といえば、大魔王様より賜った至高の作戦拠点。王都を一夜にして血の海へと変えるための絶対の足がかりだぞ。それがなぜ途絶える?」
「は……それが……!」
ガルバの額から大粒の冷や汗が吹き出し、床へと滴り落ちる。
「神殿内に配置していた精鋭モンスター群、および絶対の強度を誇る守護神像(巨大ゴーレム)が……まるで邪魔なガラクタのように、一瞬で破壊・撤去されたとの報告が……!」
「……は? ガラクタ……なんだと?」
魔王の威厳に満ちた声が、呆れと困惑によってわずかに裏返る。
「さらに! あの神殿の核心たる古代の魔導具――『永久温調の魔石』と『極上空気浄化の真珠』が根こそぎ強奪されました! 空間権限そのものが外部から強制書き換えされ、現在はダンジョンとしての機能を失っている模様です!」
「「「バ……バカな……!?」」」
周囲を取り囲んでいた最高幹部配下の将校たちが、一斉に蜂の巣をつついたような大どよめきを上げた。
「我らが大魔王様へお納めするはずだった極大の魔導具だぞ!? それをただの空っぽの洞窟にしたのは何者だ……!? 王立騎士団の全戦力が総出で動いたのか!? それとも人知れず潜伏していた伝説の神級魔法使いか!?」
「いえ……ギルドが意図的に情報を書き換え、必死に事件そのものを揉み消そうとしておるようなのですが……」
ガルバは恐怖に声を震わせながら、断片的な情報しか書かれていない羊皮紙を広げた。
「現場に現れたのは、ギルドの登録上『Fランク』という最低等級に分類されている正体不明の影……。守護神像を一瞬で破砕し、神殿のコアだけを強奪して立ち去った……王都の闇に潜む、凄まじい化け物とのことです……!」
「な……なんだと……!?」
「我らがS級拠点をただの素材採取場のように踏み荒らし、ギルドが必死に隠すほどのバケモノだと……!? どんな規格外だそいつは……!!」
最高幹部たちの間に、かつてないほどの激甚な恐怖と戦慄が走る。
「……恐れながら魔王様」
四天王の参謀役が静かに進み出で、深刻な顔で進言した。
「ギルドが全力で事件を揉み消そうとしていることこそ、その者が王都に潜む恐るべき脅威である動かぬ証拠。我らの作戦を阻まんとする不気味な存在に違いありません!」
「むぅ……うむ……」
魔王は重々しく頷き、深く玉座に沈み込んだ。
「相分かった……。その『Fランクの影』を決して侮るな。全軍に通達せよ! 大魔王様へ無用なご懸念をおかけするわけにはいかん。王都への安易な侵攻は即刻中止。まずはその怪物に対する警戒レベルを『極大』へと引き上げ、刺客を送って動向を探るのだ……!」
「ハハッ! 直ちに!」
恐怖と緊張で静まり返る魔王城。世界を揺るがす恐ろしい暗雲が、人知れず蠢き始めていた。
――そして、同時刻。
王都の片隅にある、完璧な温度と湿度に保たれた至高の自室にて。
「ふぁぁ……。焼きたてのフレンチトースト、美味しかったですアリスさん」
「お粗末様でございます、アレク様! お口に合って光栄です!」
「……さて、食後の運動代わりに、二度寝でもするとしようかな」
魔王たちが大魔王への面目を保とうと世界規模の恐怖に戦慄していることなど露知らず。
アレクは21.5度の完璧な空気の中でふかふかの掛け布団をかぶり、至福の二度寝へと落ちていくのだった。




