第28話:新居の「家電設置」と、忍び寄る魔王軍の影(前編)
あのS級ダンジョンの「内見」から一夜。
私の自室は今、歴史的な大進化を遂げようとしていた。
「よし……配線(魔導回路)の接続、完了」
作業用の手袋をゆっくりはずし、私は達成感に満ちた息を吐きながら部屋全体を見回した。
先日、S級ダンジョンの最深部から「邪魔な障害物(巨大ゴーレム)」を綺麗に撤去した際、ついでに回収してきた二大インテリア――『永久温調の魔石』と『古代式・極上空気浄化の真珠』。
国家レベルの争奪戦が起きてもおかしくない伝説級の魔導具たちを、私は自室の壁面と天井裏に敷き詰めた魔導回路へと贅沢に組み込み、私のコアスキル【部屋で快適に過ごす】の「ベースユニット」として完璧に接続させたのだ。
『シュウゥゥゥ……』
室内を満たすのは、耳に心地よいごくかすかな駆動音だけ。
その瞬間から、部屋の中の空気が目に見えて変貌を振るいはじめた。
室温は、人間が最もリラックスできるとされる絶妙な「21.5度」に固定。
湿度は、肌や喉のうるおいを完璧に保ちつつもジメジメ感を感じさせない「45%」を寸分狂わず維持。
さらには、魔石から絶え間なく放出される微弱な古代魔力がスキルの「不快物質除去」の精度を異次元の領域まで跳ね上げ、空気中の花粉やハウスダスト、果ては屋外から漂ってくるわずかな泥臭さや生活臭すら、100%完全にカットする絶対清浄の空間が完成したのだ。
「……素晴らしい。実に素晴らしいな」
私は引き寄せられるようにベッドへ倒れ込み、ふかふかのシーツに顔を埋めた。
「これだ。この一切の不快感が存在しない環境こそが、私が追い求めていた『究極の自室』……!」
高額なエアコンの電気代も完全ゼロ。面倒な空気清浄機のフィルター掃除も未来永劫不要。
ただベッドに横たわって呼吸をしているだけで、全身の疲労や体力の消耗がみるみる回復し、細胞の一つ一つが癒やされていくのを感じる。まさに怠惰の極致。引きこもるために生まれてきたような天国だ。
私がその極上の居心地に浸り、微睡みに落ちかけようとしたその時――。
「アレク様ぁっ! 焼きたてのフレンチトーストをお持ちしました!」
『バン!』と威勢よくドアが押し開けられた。
私服の上に可愛らしいエプロンをつけたアリスが、ほくほくとした笑顔で湯気の立つトレーを抱えて入ってきたのだ。
「アリスさん。ノックは三回と決めたはずですが」
「あ、申し訳ありません! 出来立てをお届けしたくて、つい焦ってしまいました……! ですがアレク様、見てくださいこの極上の焼き色! 最高の朝食をご用意しました!」
トレーの上には、表面がカリッと香ばしく黄金色に焼き上げられ、たっぷりの粉糖とメープルシロップがかかった絶品のフレンチトーストが鎮座していた。横には、丁寧に淹れられた芳醇な香りの紅茶まで添えられている。
……勝手に我が家に上がり込み、専属メイド気取りで食事を作ってくるアリスの存在だけが、今のところ我が家における唯一の「わずらわしい環境音」だった。しかし、彼女の料理のクオリティがあまりにも高すぎるため、私は深く追及するのをやめ、一旦スルーすることにしているのだった。




