第23話:害虫駆除と、廊下の平穏確保
神殿の奥へと続く広大な中央通路。
本来ならば、幾重にも張り巡らされた凶悪な古代の罠や、迷宮の奥深くに蠢くS級の凶暴なモンスターたちが侵入者の肉を割り、骨を砕く死の迷宮のはずだった。
しかし、現在のここは『部屋で快適に過ごす』スキルの制御下にある、完璧に環境調整された「室内」である。
『シュシュシュッ――!!』
不穏な風切り音とともに、通路の天井や壁の影から一斉に影が跳ねた。
現れたのは、体長五メートルを超える古代の魔獣『ガーゴイル・ペイン』の群れ。岩のような強固な外皮を持ち、S級ダンジョンの警備生命体として知られる凶悪な存在だ。
鋭い石の爪を打ち鳴らし、侵入者である私達を威嚇しながら飛びかかってくる。
だが、彼らが私の「快適な内見」の領域――すなわち『部屋で快適に過ごす』の有効範囲に踏み込んだ、まさにその時のことだ。
(せっかく拭き上げた石畳の床に爪痕を残すなど……到底許容できるものではない)
私の静かな怒りが、スキルの認識を決定づける。
磨き上げた廊下の平穏と衛生を脅かす凶暴な魔獣など、新居に湧いた不快な害虫以外の何物でもないのだ。
『パァンッ!!』
神殿内に、乾いた手拭きのような一音が短く響き渡った。
襲いかかってきたガーゴイルたちは、悲鳴を上げる隙すら与えられないまま、空間ごと【自動清掃】の対象として判定され、一瞬で光のチリとなって分解・消滅した。
ついでに、通路のあちこちに仕掛けられていた古代の踏み板式落とし穴や、壁から飛び出す毒矢のトラップといった仕掛けも、次々と動作不全を起こしていく。
スキルが求める「室内における足元の絶対的な安全確保」という概念が作用し、落ち込むはずの床は頑丈に塞がれ、毒矢の射出孔は綺麗に埋め立てられ、平坦で歩きやすい石畳へと瞬時に修復・整地されていくのだった。
「な……なにこれ……」
私の後ろを一定の距離を保ってついてくるアリスは、もはや呆れを通り越して感嘆の笑みを漏らしていた。
「S級ダンジョンが……アレク様が歩くだけで『足元の危険すら存在しない、完璧な館の回廊』へと整えられていく……! モンスターも罠も、すべて『快適な空間を阻害する不要物』として排されているなんて……!」
彼女は青く輝く『魔力視覚』の瞳をいっそう爛々とさせ、手帳から目を離さずに前のめりで足早についてくる。
空間の概念そのものが「危険な迷宮」から「安全な室内」へと塗り変えられていく現象を、一瞬たりとも見逃すまいと興奮気味に観察していた。
「アリスさん、あんまり手帳ばかり見ながら急いで歩かないように。床を磨いたばかりで滑りやすいですから」
「はいっ! どこまでも安全についていきます!」
害虫(魔物)も出ず、転倒の危険もない、室温22度の快適すぎる回廊を静かに進む。
一切の戦闘や無駄な手間を発生させることなく、私たちは歩き始めてからわずか十分ほどで、S級ダンジョンの最深部――『王の領域』の巨大な扉の前へと到達したのだった。




