第22話:良質物件の内見と、徹底した室内マナー
街の東郊外。
かつてはのどかな緑が広がっていた丘陵地帯は、今や一変していた。大地に巨大な黒い亀裂が走り、その最奥から古代の異形なる神殿の巨大な石造りの門が顕現している。
門の周辺には、緊急出動した王立騎士団の重装騎士たちや、青ざめた表情のA級探索者たちが武器を構えて重苦しく立ち尽くしていた。
「だ、ダメだ……! 内部から滲み出る『不快な魔気』が強すぎる……! 一歩も足を踏み入れられん!」
「魔力が毒となって肌を焼くぞ! くそっ、これがS級特異点の領域だというのか……!」
先陣を切ろうとした前衛騎士たちが血吐く思いで荒い息を吐き、次々とひざまずいていく。生ぬるく粘つくような負の魔動波が、門の隙間から溢れ出していた。
その重苦しい悲壮感が漂う現場の横を、私はいつも通りの使い古された作業着に小さなリュックという軽装で、何事もないかのように淡々と通り抜けた。
「おい! 待てガキ! そこから先はS級ゾーンだぞ! 死ぬ気か!?」
膝をつきながら、騎士隊長が血走りそうな目で怒鳴り散らしてくる。
「いえ、少し『内見』に来ただけですので」
返事もそこそこに、私は神殿の巨大な石門をくぐり、一歩中へと足を踏み入れた。
足元から伝わる重厚な感触、四方を囲む頑丈な石壁、そして頭上を覆うドーム状の天井を静かに視界に収めていく。
(確認完了。壁:古代石材、天井:ドーム型密閉構造、床:平坦な石畳。――完璧だ。非常に頑丈で気密性の高い『良質な大型物件』だな)
私はフッと深く息を吐き出し、スキル『部屋で快適に過ごす』の意識を室内全体へと緩やかに浸透させていった。
自分の居住空間を整えるように、ここを「自室」として捉え、過ごす上で不快な要素を徹底的に排していく――。
瞬間――。
『――――――ズウンッ!!』
神殿内に充満していた濃密な「死の毒気」と「呪いの魔力」が、まるで潮が引くように一瞬で霧散した。
肌にまとわりついていた湿度80%の不快な湿気と生ぬるい空気は、さわやかな「湿度40%、室温22度」の完璧な室内環境へと一新される。
壁面を覆っていた不気味な黒カビや苔は跡形もなく消え去り、石畳に積もっていた長年のホコリすら【自動清掃】の効果によってチリ一つなく磨き上げられた。
「……え?」
門の外で苦しんでいた騎士たちが、ポカンと口を開けて神殿内を見渡した。
「ど、毒気が……消えた……?」
「それどころか……なんだこの空気の清々しさは!? 高級リゾート地の最高級サロンより快適だぞ!?」
「よし、空気環境は合格だな」
私は満足そうに深く頷くと、背中のリュックから持参していた清潔な室内用シューズを取り出し、その場で手際よく履き替えた。泥や砂塵で汚れた外履きのまま、こうして綺麗に清掃された床へ足を踏み入れるなど、私の主義に到底反する行為だからだ。
「では、奥にある快適化パーツ(魔導具)の確認に向かいましょう」
「神殿全体の有害物質を一瞬で排しただけでなく、一度整えた空間を汚さない配慮まで……! どこまでも完璧に『室内』として管理されているのですね……感服いたしました、アレク様!」
アリスは青く光る瞳を爛々と輝かせ、手帳に猛烈な勢いでペンを走らせながら、興奮を隠しきれない様子で私のあとに続いた。
ピカピカに磨き上げられた古代神殿の廊下に、二人の軽やかな足音が心地よく響き渡っていった。




