第2話:三歳から四歳――積み重ねた努力と高まる期待 ①
三歳。
私の主戦場は、庭から父の巨大な書斎へと移っていた。
壁一面を埋め尽くす書棚。
そこに並んでいるのは、古代語で書かれた魔導書、モンスターの解剖図鑑、ダンジョン階層ごとの地質データ、さらには過去の探索者たちが遺した遠征手記だ。
だが、三歳の身体はあまりにも不便だった。
梯子に登ろうにも足が届かず、手すりにしがみつくのが関の山。分厚い羊皮紙の専門書は、一冊持ち上げるだけで幼い腕が悲鳴を上げる。
私は床に座り込み、重い本を膝の上に乗せ、思うように動かない小さな指先で一枚一枚、ゆっくりとページをめくった。
言葉もそうだ。頭の中では明確な思考が組み立てられているのに、声帯と舌が追いつかず、発音はどうしても舌足らずになってしまう。
「アレク様……またそこにおられましたか」
老執事がお盆に載せたハーブティーを置きながら、どこか引きつった顔で私を見下ろす。
「二歳で武技の理に達し、次は魔導書でございますか……。同年代のお子様方は、庭でかけっこをしたり、積み木で遊んだりする年齢でございますよ。すでに『ダンジョン流体魔力学』まで読解されるとは……楽しいのですか?」
「……ちみきは、くじれたら終わり」
私はたどたどしい口調で、指先を本の中央に落とした。
「これ……こたえ、かいてある」
……本音を言えば、ただの『ゲームの攻略本』を読む感覚だった。
モンスターの弱点部位。
毒攻撃をしてくる階層と、その解毒草の自生ポイント。
罠の種類と、解除魔法の回路構造。
こんなものを知らずにダンジョンに入るのは、目隠しをして断崖絶壁を走るようなものだ。死にたくないから読む。効率よく攻略したいから丸暗記する。
ごく当たり前のリスク回避行動に過ぎない。
だが、私の拙い言葉を聞いた老執事の目が見開かれた。
「……答え、でございますか。『積み木のような無意味な遊びは終わり、この書にこそ生存の解答がある』と……そうおっしゃりたいのですか……?」
老執事は背筋を凍らせたようにかすかに震え、深く頭を下げて部屋を出ていった。
廊下から、潜められた声がかすかに聞こえてくる。
「あのお方は……アレク様は、すでに遊びを捨て、ダンジョンを『攻略すべき盤面』として捉えておられる。あのお方の頭脳には、無駄な時間など一秒たりとも存在しないのだ……!」
また始まった。大げさな解釈だ。
私はただ、思い通りに動かない身体に苛立ちながら、パズルを解くような感覚でページをめくっていただけなのだが。




