第20話:S級ダンジョン発生と、優雅すぎる現場検証
休日が明け、月曜日の朝。
澄み渡る秋空の下、私はいつものように歩き慣れた石畳の道を穏やかな足取りで進んでいた。
胸ポケットには、使い古されたFランク探索者の銅製ライセンスが収まっている。
私の仕事観は至ってシンプルだ。
仕事とは、心身に負担をかけない範囲で淡々とこなし、速やかに定時で終わらせるもの。
週の初めである月曜日から血気盛んに張り切り、無駄な体力を消耗するなど三流のすることである。昨日の日曜日に自宅で極上の休息(自室での読書と微睡み)を存分に堪能したからこそ、今週もペースを乱さずにスタートを切りたい。
今日のスケジュールもすでに頭の中で完璧に組み立ててあった。
ギルドの掲示板から「街近郊での薬草採取」または「低級鉱石の採掘」といった、戦闘の発生しない軽作業依頼をひとつだけ受注する。昼前にはサクッと片付け、午後はギルドの食堂で安らぎのカフェオレでも飲みながら、定時と同時に帰宅する――。
「実に完璧な一週間のスタートだな」
己の完璧な計画に満足の頷きを返し、私は中央ギルド支部の立派な両開き扉を押した。
――だが、足を踏み入れた瞬間、いつもの退屈な月曜日の空気は木端微塵に吹き飛ばされた。
『全員、即刻避難の準備を始めろ!!』
『第3採掘エリアに巨大な空間歪曲を確認! 『S級ダンジョン(特異点)』が突発発生したぞ!!』
『近隣を捜索中だったB級パーティー2組と連絡不通! 王立騎士団へ至急の増援要請を出せ!』
怒号、悲鳴、そして地響きのような混乱。
天井の高いギルドロビーには、顔を蒼白にした職員たちが書類を散らかしながら走り回り、腰の剣に手をかけたベテラン探索者たちが血相を変えて大声を掛け合っていた。
つい先ほどまで穏やかだった空間が、まるで戦場のような緊迫感とパニックの渦に呑み込まれている。
「……あー。」
私は扉を片手で押さえたまま、そっと一歩、後ずさりした。
S級特異点。それはダンジョンの中でも最も性質の悪い、空間そのものが崩壊して湧き出る災害級の異常事態だ。要するに、関われば確実に残業と過労が確定する超・ブラック案件である。
(よし、今日は非番にしよう。帰って部屋の掃除と新しい本でも読むか――)
無用なトラブルを回避すべく、存在感を限界まで消して反転しかけた、その時だった。
『アレク様ぁぁぁぁぁっ!!』
耳孔を突く悲鳴のような叫びとともに、背後から凄まじい風切り音が迫ってきた。
振り返る間もなく、私の作業着の裾がガシッと力強く掴まれる。
アリスだ。
彼女は肩で激しく息を荒らげながら、固有スキル『魔力視覚』の発動によって青く神秘的に発光した瞳を、恐ろしいほどの熱量で輝かせていた。息を呑む間もなく、彼女はまばたきもせずに怒涛の勢いで捲し立ててくる。
「アレク様! 大変です! 街のすぐ目と鼻の先に『S級特異点』が発生いたしました! ギルド中が大騒ぎになっています!」
「聞こえましたが、私には一切関係ありません。ご覧の通り私はただのFランクですので、高難度案件の緊急徴用対象外です。それでは、お疲れ様でした」
裾を掴むアリスの手をそっと解き、辞去しようとする私。しかし、アリスは全く諦める気配を見せず、むしろさらに一歩踏み込んで私の視線を遮った。
「待ってください! 私の『魔力視覚』で見えたんです……! あのダンジョンの最深部、外部の雑音も魔力も完全に遮断された、とんでもなく巨大な『密閉空間』が存在しています!」
アリスはぐっと身を乗り出し、熱のこもった眼差しで言葉を重ねた。
「あんな純度の高い完全な孤立空間……もしアレク様がご自身のスキルで『部屋』として組み込まれたら、外の騒音も誰の邪魔も一切入らない、完璧な大書斎……いえ、理想のプライベート空間(物件)になると思いませんか……!?」
「……物件?」
アリスの口から飛び出したあまりにも不釣り合いなワードに、私は思わず足を止めてしまった。




