閑話:ギルド長の歓喜と深すぎる超解釈
「フフフ……ハハハハッ! 見事だ……見事としか言いようがないぞ、アレク・ヴァルハイト……!」
午後五時半。嵐の去ったギルド長執務室で、俺――王都支部ギルド長は、腕を組んで窓の外の夕闇を見つめながら、込み上げる感動に震えていた。
デスクの上には、探知班から提出された『ルミナス平原・魔力測定記録シート』が広げられている。
四時五十分の時点で針を振り切っていた五百を超える魔物の絶望的な赤点群が、四時五十五分を境に、何の予兆もなく完全に『消失』した記録だ。
広域魔法の破壊痕すら残さず、大災害を跡形もなく霧散させる神業。
そして、その直後の午後五時ジャスト。館内が大パニックに包まれる中、当の本人が何食わぬ顔で現れたのだ。
『Fランク依頼「ヒールハーブの採集」の完了報告です』
寸分の狂いもない定時到着。傷一つないハーブの納品。
そして、その後ろでなぜか熱烈な眼差しで手帳にペンを走らせていた記録員のアリス。
すべてが繋がった瞬間、俺はあまりの凄絶さに鳥肌が立った。
(あえて自らの偉業を一切誇らず、ただの『ハーブ採集の定時報告』として処理することで、王都の住民や探索者たちに無用なパニックを与えず、政治的な混乱すら未然に防いだのだ……! なんという深謀遠慮! なんという恐ろしい男だ……!!)
『定時報告』という至極当たり前のような顔で偉業を覆い隠すその姿勢。
これほどまでの力を持ちながら、一切功績を誇らず、ただのFランクとして静かに去っていく背中に、俺はいたく感銘を受けていた。
そこへ、執務室の扉が激しく開かれ、探知班のスカウトが息を切らして駆け込んできた。
「ギ、ギルド長! ルミナス平原へ派遣した先遣隊より緊急伝言です! 平原には魔物の死骸も戦闘痕もなく……ただ、寸分の乱れもなく整えられた美しい芝生が広がっていたと! 一体、現地で何が起きたのでしょうか!?」
「フッ……何も起きなかった。それでいいのだよ」
俺は静かに振り向き、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「な、なにが……ですか?」
「アレク君の意図がわからんか? 彼はあえて痕跡すら残さずスタンピードを消し去ることで、我々ギルドや王国に貸しを作らず、自らも『ただのFランク』として日常へ戻っていったのだ。彼ほど圧倒的な力を持ちながら、これほど謙虚に平和を愛する若者が他にいるか?」
「は、はあ……? アレク氏が……?」
ポカンと口を開けるスカウトを余所に、俺は胸の前で熱く拳を握りしめた。
「本日現場付近にいた他の探索者たちの帰還はまだだが、彼らもきっと、アレク君の放つ『絶対的な平和の領域』に救われたに違いない。よし、本部への報告書はこうだ! 『原因不明の魔力拡散現象により自然収束。被害なし』!!」
「えっ!? あんな巨大な反応が自然収束だなんて、本部に納得してもらえるでしょうか!?」
「問題ない! アレク君が『ただのFランク』として静かな生活を望んでいるのだ。我々ギルド上層部は、彼の意志を尊重し、影からその平和を守る義務がある! これこそが、真の英雄に対する最大の敬意だ!」
「は、ハァッ……! ご指示の通りに処理いたします!」
熱弁を振るう俺の気迫に押され、スカウトは深く首を縦に振って執務室を飛び出していった。
一人残された執務室で、俺は満足げに頷き、上質なワイングラスを持ち上げた。
「アレク・ヴァルハイト……。君の望む『平凡な探索者ライフ』は、この俺が陰から見事に護ってみせよう……!」
ギルド長の熱い誓いが夕闇の部屋に響く。
――このわずか数分後。
命からがら駆け込んできたB級パーティ『銀翼の剣』が、「た、助けてくれ! 網! 網布で五百の魔物がホコリみたいに消えたんだ!!」と涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしてパニックを起こし、ギルド長が「落ち着け! 『日常の布』に力を偽装するとは……どこまで凄絶な男なんだ……!」とさらにトンデモな超解釈を深めることになるのだが、それはまた別の話である。




