第15話:撤収拒否の美学と、過剰なる環境整備
「それに」
私はポケットから、畳まれた細い枠組みを取り出した。
昨日、ギルドの購買部で十ギルで買った『防虫用蚊帳ネット(折りたたみ式)』だ。
「広げる必要はありません。向こうから部屋に入ってくればいいだけの話です」
パッと枠を広げ、タープの四隅へ引っ掛ける。透け感のある薄布が日よけの周囲をぐるりと囲い込んだ。
これで『網戸付きのサンルーム』の完成だ。
「定義開始。形状:サンルーム付き一人用離れ。ここを『絶対不可侵の書斎』とする」
【部屋で快適に過ごす】
静かに呟くと、タープ内の空気が一瞬重く沈み、メッシュ地に沿って目に見えない強固な境界線がカチリと噛み合った。
「……いわゆる、ルールの逆転です」
「『ルールの……逆転』でございますか?」
「通常、壁は害意を遮断するものですが……要するに網戸です。不快な虫を外で弾くだけですよ」
「あ、網戸……でございますか!?」
困惑するアリスをよそに、私は本をめくる手を止めず、ただ小さく息を吐いた。
【自動清掃(広域・害虫駆除モード)】
『――――――ッ!?』
突進してきた五百匹のアーマード・オークの群れが、タープの手前五十メートルのライン――私の『サンルーム』から放射状に広がる「清掃領域」へと踏み込んだ。
領域内に立ち入った凶悪な魔物たちは、私の領域の自動判定によって――
『快適な景観を害する、庭の大量の落ち葉および不快な害虫』
として一括処理された。
『シュウゥゥゥゥゥゥゥゥ……ッ!!』
耳を刺すような高音の風切り音。
重装甲をまとった巨躯の群れも、中央のA級変異種『ジェネラル・オーク』も。
悲鳴を上げる暇すら与えられず。
まるで巨大な粘着ローラーで撫でつけられたホコリのように、足元からサラサラと光の粒子となって削り取られ、一瞬にして空中に霧散していった。
大地を引き裂いていた濁流のような地響きが、嘘のようにピタリと止む。
平原に残されたのは、どこまでも青く澄み切った大空と、草の匂いを孕んだ爽やかな秋風。
そして、開いた口が塞がらないまま、すでに無意識で猛烈な速度で手帳にペンを走らせているアリス。
私はメッシュ越しに静かに本へ視線を戻し、氷の溶けかけた冷茶をもう一口含んだのだった。




