第12話:庭を荒らす害獣と過剰な平穏
撤収の準備を進めようとした、まさにその時だった。
「助けてくれぇぇぇぇっ!!」
平原の奥から、静寂を切り裂く絶叫が響き渡った。
見れば、重装甲の鎧を着込んだ三人組の探索者パーティが、必死の形相でこちらへ向かって全速力で走ってくる。
そして、その後ろから猛烈な土煙を上げて追いかけてくるのは――漆黒の毛並みと鋭い一本角を持つ巨大な魔獣だった。
平原の生態系の頂点に君臨する大暴走獣、『バイソン・ブラッド(危険度B)』。
「ひぃぃっ! なんでFランク地域にBランクの魔獣がいるんだよ!?」
「だめだ、追いつかれる! 殺されるぞ!!」
必死に逃げ惑う彼らは、悲鳴を上げながら、私が設営した日よけのすぐ近くへと飛び込んできた。
「おい、そこの二人! 早く逃げ――」
探索者の一人が警告の声を上げかけた、その瞬間である。
彼らと、その後ろから圧倒的な質量で突進してきた巨大バイソンは、私が展開した『一時的な庭園(快適空間)』の境界線を容赦なく踏み越えた。
『ガ……ッ!?』
猛スピードで突進していたバイソン・ブラッドの巨体が、ピタリと宙で硬直する。
私の空間定義(自室の庭)において――
凄まじい足音を立て、咆哮を撒き散らし、芝生を荒らす凶暴な魔獣は。
「庭を荒らす、不快な大型害獣」
として自動判定されたのだ。
【自動清掃(害獣駆除モード):発動】
『シュウゥゥゥ……』
バイソン・ブラッドは、悲鳴をあげる暇すら与えられなかった。
まるで目に見えない巨大な粘着ローラーで雑に擦られたかのように、巨大な体が足元からサラサラと光の粒子となって消滅していく。
残されたのは、寸分の乱れもなく綺麗に整えられた緑の芝生と、何事もなかったかのように吹き抜ける爽やかな風だけだった。
「「「…………は?」」」
逃げてきた三人組の探索者は、目の前でBランク魔獣が文字通り「消掃」された光景を受け止めきれず、間抜けな顔で固まっていた。
短い悲鳴とともに、彼らは私に向かって勢いよく土下座をしたのだった。
「「「申し訳ありませんでしたぁぁぁっ!!」」」
理由のわからない絶対者への恐怖に震える男たちは、何度も頭を下げながら脱兎のごとく街の方角へ逃げ去っていった。
そんな騒ぎを他所に、横に立っていたアリスが、恐ろしさと深い崇拝の混ざった眼差しで私を見つめていた。
「……アレク様」
「なんですか」
「あなた……自分がどれほど恐ろしい『日常』を過ごしているか、自覚はありますか? 災害級の魔獣を『庭の害獣』として認識阻害・空間消滅させるなど、国家規模の絶対防御陣形に匹敵いたします……!」
「自覚も何もありません。私はただ、日陰で静かに過ごしたいだけです。邪魔をされたくないだけなんですが」
アリスはガタガタと手を震わせながら、再び猛烈な勢いでノートにペンを走らせ始めた。
『観測記録:アレク様にとって、Bランクの脅威など「日常のノイズ」に過ぎない。彼の領域を侵す者は、悪意の有無に関わらず世界の法則から除外される。彼の手にする小さな本は、おそらく封印されし禁忌の魔術書……』
(ただの文庫本なんだが……)
私は深々と溜め息をつき、本のページを静かにめくった。




