第10話:Fランク探索者としての初仕事
私がギルドの掲示板から選んだのは、これ以上ないほど平和な依頼だった。
『依頼名:平原における「ヒールハーブ」の採取(十株)』
『危険度:F(モンスターの出現率:極めて低い)』
『報酬:三千ギル』
「素晴らしい……完璧な省エネ案件だ」
危険なダンジョンに入る必要もなければ、重い甲冑を着込む必要もない。
天気の良い日に郊外の平原へ出かけ、草を数本摘んで帰ってくるだけ。
まさに、私が求めていた理想の「ローコスト作業」である。
先日の冒険者適性試験(ダンジョン潜行)は完全に不慮の事故だった。あのガルドとかいう男たちに巻き込まれたせいで無駄な体力を使い、脳の糖分を根こそぎ持っていかれた悪夢のような時間。あんなものはノーカウントだ。
今日からこそ、私の思い描いていた平穏でローコストなFランク探索者生活が始まるのである。
私はギルドの受付で手続きを済ませると、軽装に小さなリュックをひとつ背負い、ピクニックへ出かけるような軽い足取りで街の東門へと向かった。目標到達予想時間は移動を含めて一時間半。サクッと終わらせて、昼過ぎには自室のベッドで横になる計算だ。
だが――東門を潜ろうとしたその瞬間、路地の影から俊敏な動きで人影が飛び出してきた。
「お供いたします、アレク様!!」
「うおっ……!?」
思わず足が止まる。
そこに立っていたのは、銀髪を綺麗にポニーテールに結んだアリスだった。
彼女は自分の背丈ほどもある巨大な探索用リュックを背負い、ピシッと美しい動作でこちらに敬礼を決めている。その背後のリュックからは、スコップ、測量機器、巨大な羊皮紙の束、さらには用途不明の怪しい錬金道具一式が飛び出していた。
「……なぜ私についてくるのですか。アカデミーの授業はどうしたんですか」
私が心底面倒そうに問いかけると、アリスは胸を張り、微塵の迷いもない表情で答えた。
「先ほど申し上げた通り、退学届はすでに提出済みです! 今日から私は、アレク様の『専属掃除係兼公式記録員』として、あらゆる雑務をこなさせていただきます!」
「まだ言ってたんですか……引き返して撤回してきてください」
「不可能です! アカデミーで教わるような既存の魔術体系など、アレク様が提示された『世界の理を上書きする絶対定義』の前では塵に等しい学びでしかありません! 私の観測眼は、アレク様の一挙一動を記録するために作られたものなのです!」
アリスの瞳には、狂気的なまでの熱と「絶対に離れません」という鋼の意志が宿っていた。
アカデミー始まって以来の天才特待生が、退学届を出してFランクの薬草採集についてくる。
悪目立ちも良いところだ。現に、門を通る他の探索者や兵士たちが「あの天才少女がなんでFランクの雑用係に……?」とヒソヒソ声を上げ始めている。
視線が集まるだけで、私のカロリーが消費されていく感覚がした。
「……溜め息をつくのもエネルギーの無駄ですね。勝手についてくるのは構いませんが、私の視界に入る範囲で騒がないでください。それと、その無駄にデカい荷物は自分でもってください」
「はいっ! 影のように静かに、しかし決してお見逃しすることなく追従いたします!」
アリスは素早くポケットから革表紙の重厚なノートと羽ペンを取り出すと、ガリガリと音を立てて何かを書き込み始めた。
『観測記録:アレク様は私の同行を許可された。これは単なる雑用係の雇用ではなく、私の観測眼がどこまで「彼の深淵」に耐えうるかを試す試練と推察される。身が引き締まる思いだ』
チラッと見えたノートの一節に頭が痛くなった。テストでも何でもない。ただ追い払う体力が惜しかっただけだ。
(……はぁ。平原に着いたら、適当に草を詰めてすぐ帰ろう)
俺はポケットに突っ込んできた特売のアメ玉を取り出し、包み紙を破って口へ放り込んだ。ガリッと一撃で噛み砕き、脳へ安っぽい甘さを届けながら、私は重い足取りで平原へと続く一本道を歩き始めたのだった。




