第8話:ギルド長室の深謀遠慮
受付嬢から申し渡されたのは、カードの発行を待つ間に入った、予定外の「ギルド長室への呼び出し」だった。
(……チッ、一番面倒な展開になったな)
俺は心底鬱陶しそうに溜め息をつきながら、重厚な執務室のドアを開けた。そこには厳めしい顔をした初老の男性――ギルド長が待っていた。
その机の上には、昨日の試験の記録魔導書と、ガルドたちが提出したパニック状態の報告書が置かれている。さらにドア越しからでも、ロビーで「専属の掃除係にしてくれ」と叫んでいるアリスの騒々しい声とうめき声が、うっすらと届いていた。
「来たか、アレク・ヴァルハイト」
ギルド長は深々と溜め息をつき、肘を組んで俺を鋭い眼光で見つめた。
「昨日の初級ダンジョンにおける『異常現象』……。A級モンスターの瞬殺、空間環境の急変、そしてテントを用いた謎の領域展開。……すべて君の仕業だな?」
「いいえ、俺はただの荷物持ちです。モンスターは勝手に自滅し、俺はテントで休憩していただけです」
俺は表情一つ変えず、完璧なマニュアル通りの模範解答を返した。
目立つメリットなど一つもない。「神話級のチート能力者」などと認定されれば、国やギルドから無理難題な高難度ダンジョンへ強制徴用されるに決まっている。そんな過酷労働、絶対に御免だ。俺はサクッとライセンスを受け取って、安喫茶でぬるいコーヒーを飲みたいだけなのだ。
だが――ギルド長は、俺の回答を聞いてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「フッ……なるほど。『自分はただの荷物持ち』と言い切るか。あえて功績を誇らず、自らの『真の力』を隠蔽することで、ギルド内の権力争いや他国との無用な混乱を避けているのだな……!」
「……は?」
「階級証明の報告書も読んだぞ。さらに下でフォスター家の令嬢が『昨夜、退学届を提出した』『専属の掃除係になる』と大騒ぎしているのも聞いた。……だが君は、それほどの圧倒的な力を持ちながら決して誇らず、知らぬ顔を突き通している。これほどまでに謙虚で、深謀遠慮に満ちた若者がいたとは!」
(……いや、あいつはただ頭が沸いてるだけで、俺は面倒くさいだけなんだが)
俺の呆れ顔すら、ギルド長には「図星を突かれて無言を貫いている」ように見えているらしい。どうやらこのおっさんも、周囲の大人特有の「重度の勘違い病」を発症しているようだ。
「分かった! 君の意志を重く受け止め、表向きは『Fランク探索者』として登録しよう! だが、我々ギルド上層部は君の真価を正しく理解し、影から全面的にサポートすることを約束する!」
(……待て。誰もそんな大層な深謀遠慮はしていないんだが)
ただ面倒くさくて隠しているだけなのだが、勝手に「孤高の英雄」扱いされている。まあ、表向きFランクとして扱ってくれて、余計な高難度依頼が来ないなら万々歳だ。これ以上の追及を免れるなら、この勘違いに乗っかっておくのが一番コストが低い。
「……ご理解いただけて幸いです。では、本日の予定(ライセンスの受領)もありますので、失礼します」
「うむ! 影の英雄よ、良き探索者ライフを!」
ギルド長からの熱い眼差しを背に受けながら、俺は発行されたライセンスカードをポケットにねじ込み、サッとギルド長室を後にしたのだった。




