第7話:ギルドの狂想曲と、最悪の「不法侵入者」
予備校の最終実技試験から一夜。
俺は自室の慣れ親しんだ布団の上で目を覚ました。
「ふぅ……やっぱ本物の自分の部屋が一番落ち着くな」
【スキル:部屋で快適に過ごす】を微弱出力で常時発動させているため、室内は室温22度、湿度50%という人間が最も快適に過ごせる黄金比に保たれている。昨日ダンジョンで強引に領域を上書きしたせいで擦り減った脳の疲労と、酷い低血糖のダメージが、じわじわと癒やされていくのを感じた。
軽く朝食のパンをかじり、ぬるいお茶を飲んでから、俺は探索者ライセンスの本発行手続きのために「中央ギルド支部」へと向かった。
受付窓口で予備校の単位証明書類を提出し、カードの発行を待つだけの簡単な作業。
定時までにサクッと手続きを終え、帰りにいつもの安喫茶でぬるいコーヒーでも飲んで帰る――それが今日の完璧な「省エネロードマップ」だった。
だが――ギルドの重厚な扉をくぐった瞬間、俺の淡い計画は粉々に砕け散った。
「アレク様ぁぁぁぁぁっ!!」
ギルドロビーの静寂を切り裂き、銀髪を振り乱した少女が猛ダッシュで突進してきた。
昨日、ダンジョンで死にかけていた王立アカデミーの特待生――アリス・フォスターだ。
全身の骨折や内臓の損傷は、フォスター家の権力と莫大な財力で最高級ポーションをガブ飲みして強引に治したらしい。全身のあちこちに痛々しい包帯を巻いたまま、俺の前でピタッと止まると、ビシッと綺麗な敬礼を決めた。
「おはようございます、アレク様! 本日の『お部屋の環境維持』の進捗はいかがでしょうか!?」
「……なんでここにいるんだよ」
俺は心底げんなりしながら引きつった顔で言った。
「当たり前です! あなたの『専属掃除係(志望)』として、ライセンス発行の立ち会いに来ました! ちなみに昨夜、アカデミーには退学届を提出し、ギルド宛には『アレク様の絶対的功績と空間改変に関する極秘報告書』を叩きつけてまいりました!」
「余計なものを提出するな。今すぐ撤回してアカデミーに戻れ」
即答する俺に、ロビーにいたゴツい探索者たちが一斉にざわめき始める。
「おい……あれ、フォスター家の天才令嬢じゃないか?」
「なんでアカデミーのトップが、あのひょろいFランクのガキに頭下げてんだ……?」
「退学……? 極秘報告書ってなんだよ……!?」
(目立つ……目立ちすぎる……っ! 頼むから静かにしてくれ……!)
俺の「静かで低コストな省エネ生活」が音を立てて崩れ去っていくのを確信しながら、俺はアリスを完全に無視して受付窓口へと向かった。
「あの、予備校の実技試験をパスしたので、ライセンスの本発行をお願いしたいんですが……」
窓口の女性職員に単位証明書類を差し出す。だが、受付の姉さんは書類を受け取ると同時に、困惑と緊張の混じった顔で俺を見つめた。
「あ、あの……アレク・ヴァルハイト様ですね? 実は、提出された書類とフォスター様からの報告書について……」
「アレク・ヴァルハイト様。ギルド長がお呼びです」
受付の奥から現れた別の職員から申し渡されたのは、カードの発行を待つ間に入った、最悪なタイミングの「ギルド長室への呼び出し」だった。
「……はぁ」
俺は目立ちたくない一心で深々と溜め息をつき、静かな省エネロードマップが完全に狂ったことを悟るのだった。




