第6話:概念の壁と、招かれざる客④
「……は?」
ベランダ(崩落した洞窟の広場)に残されたのは、静寂と、ほのかに漂うラベンダーの香りだけだった。
「A級モンスターが……テントに入った瞬間に……消えた……!?」
アリスは完全に思考が停止した様子で、目の前の小さなワンタッチテントを見つめていた。
ジッパー……。
テントのファスナーが重々しく開き、中から俺が姿を現した。口の中に残った干し肉をモグモグと噛み砕き、低血糖の眩暈に顔をしかめながら、手に持ったポータブルの折りたたみ傘をパチンと畳む。
「よし……ベランダの害虫駆除も完了と。雨(毒液)も止んだな」
「ベランダ……!? 害虫……!? A級モンスターを……ベランダのハエ叩きみたいに処理したというのですか……っ!?」
アリスの声が裏返る。
一方、物陰で腰を抜かしていたガルドのパーティーメンバー――弓使いの少年や他の冒険者たちは、口をパクパクと金魚のように開閉させ、信じられないものを見る目で俺とアリスを交互に見つめていた。
「おい……夢だろこれ……。あいつ、Fランクの荷物持ちだぞ……?」
「なんなんだよあのテント……っ! なんでサソリが消えたんだよ!?」
「それに、あのアリス様が……あんな惨めな格好で……っ」
恐怖と混乱で引きつったヒソヒソ声が洞窟内に伝播していく。俺をゴミ扱いしていた取り巻きたちの顔は、もはや恐怖で真っ青だ。
「さて、試験時間も終了だ。ガルド、単位の証明書類にサイン」
俺は泡を吹いて卒倒しているガルドの横にしゃがみ込むと、弓使いの少年を冷ややかな目で見上げた。
「おい。そこの弓使い、ガルドの手にペン握らせろ。サインもさせろ。さっさと試験終わらせて帰るぞ」
「ひっ……! は、はいぃっ!!」
俺の放つ鬱陶しそうなプレッシャーに怯え、弓使いの少年は膝をガクガクさせながら、失神したガルドの手を動かして半ば強引に書類へサインを完成させた。
「よし、確認完了。じゃ、俺は定時なんでこれで」
「ま、待ってくださいアレク様ぁぁぁっ!!」
アリスが血と泥に塗れた手で地べたを這いずり、俺のズボンの裾に必死でしがみついてきた。
「私……私、あなたの弟子になります! 家柄も特待生の立場も捨てて、あなたの『部屋の掃除係』としてついていきますからっ!!」
「うわっ……おい、あのフォスター家の天才が地面を這ってるぞ……」
「嘘だろ……正気かよ……っ!?」
取り巻きたちがドン引きした顔で悲鳴のような声を漏らす。
「嫌です。掃除は自動化されてるんで」
「そこをなんとかぁぁぁぁっ!!」
なりふり構わず靴にしがみついてくる天才少女を適当にあしらい、周囲の引きつった視線を背に受けながら、俺は一刻も早く家に帰ってベッドに潜り込むため、ダンジョンの出口へと足を向けたのだった。




