第5話:ダンジョンでティータイムを ②
『グガ……?』
怒号を上げて迫りかかってきていたオーク・バーサーカーが、唐突にその巨体を硬直させた。
ねっとりとした湿気が一瞬で吹き飛び、エアコンの送風口から出るような無機質な乾いた空気が空間を満たす。床の汚泥や、オークの口から撒き散らされていた生の腐肉臭が、スッと綺麗に掻き消えた。
そして――
『シュッ……』
足元を埋め尽くしていたヴェノムスパイダーの群れが、境界線に触れた端から『不潔な害虫』として処理されていく。音もなく、血の一滴も残さず、空間の歪みの中にジュッと吸い込まれて消滅した。
残された巨大なオークに対しても、俺の脳内カテゴリ――『部屋を占有する巨大な不燃ゴミ』の判定が下る。
『グ、ガ……ッ!?』
オークが困惑したように自分の太い腕を見つめた。
次の瞬間、巨体の周囲の空気が不気味に歪み、目に見えない巨大な圧力を受けてその身体が捩れる。抵抗も、咆哮すら許されず、巨大な肉塊は足元からすり鉢で粉砕されたかのように、一瞬で塵となって消え去った。
わずか、三秒。
ボスの圧迫感も、群れの威圧も、綺麗さっぱり消去完了だ。
「……は? え……?」
ガルドが固まったまま、開いた口からダラダラと唾液を垂らしている。
魔法使いの女は床に座り込んだままヒッ、ヒッ、と過呼吸を起こし、弓使いの少年は血の気が引いた顔で誰もいない空間を呆然と見つめていた。
その横で、俺は背中の重い革リュックをどさりと床に降ろした。
(ふぅ……重かった。荷物持ちの役目を買って出て正解だったな)
ガルドたちの予備ポーションの隙間に強引に押し込んでおいた、特注の『折りたたみ式革張りチェアー』を取り出す。
座面には柔らかい羊皮を鞣したクッションを仕込ませてあり、脚にはダンジョンの泥床でも沈み込まないよう滑り止めの座金を噛ませてある。自室の快適性をダンジョンに持ち込むためだけに、職人に小遣いを叩き込んで作らせた俺のこだわり作だ。
(座り心地よし。やっぱり腰を労わるクッションは不可欠だな……)
静まり返ったボス部屋で一人、深々と椅子に腰を下ろす。
続いてリュックの底から魔法保温筒と、厚手のセラミック製マグカップを取り出した。キャップを回して開けると、立ち上る湯気とともに香ばしい茶葉の匂いが広がる。
カップになみなみと温かいお茶を注ぎ、一口すすった。
熱い液体が喉を通って胃に落ち、冷え切っていた腹の底からじわじわと温かさが広がっていく。
過呼吸を起こして喉を鳴らしている魔法使いの女と、腰を抜かして震えているガルドの背中を冷ややかな視線で見つめながら、俺はふぅと息を吐いた。
10年間の実験を経て、過酷なボス部屋が完璧な「俺のリビング」へと化けた瞬間だった。




