第4話:検証の十年間と、15歳の予備校最終試験④
「ん……? なんだ……?」
前を歩いていたガルドが、唐突に足を止めた。
さっきまでねっとりと肌にへばりついていた湿気が、潮が引くようにスーッと消えていく。壁を濡らしていた濁った水滴がサッと乾き、靴底にまとわりついていた泥のヌルヌル感が嘘みたいになくなった。
洞窟特有のカビ臭さが消え、エアコンの吹き出し口の前に立ったときのような、どこか無機質で乾いた空気に変わる。
「あれ……? なんか、急にサラサラしてない……?」
魔法使いの女がポカンとした顔で自分の前髪を触った。
「おいガルド、足元……固くなってねぇか? 泥が消えてんだけど」
弓使いの少年も首をかしげ、地面を靴底でコツコツと叩いている。
「ば、バカ言え、ダンジョン内で環境が変わるわけが……」
ガルドが狼狽しながら言いかけた、その時だった。
奥の暗闇から、カサカサと不穏な足音が響いてきた。
湿り気のないクリアな空気のおかげで、その音が嫌なほどハッキリ聞こえる。初級ダンジョンで一番事故率が高いとされる、毒液を吐く巨大蜘蛛『ヴェノムスパイダー』の群れだ。
「くっ、敵襲だ! 構えろ!」
ガルドが慌てて剣を抜き、青ざめた顔で叫ぶ。
だが――
『シュッ……』
カサカサと迫ってきた十数匹の巨大蜘蛛が、俺の展開した「自室」の境界線に足を踏み入れた、その瞬間。
『掃除すべき害虫・生ゴミ』として認識されたそれらは、悲鳴をあげる暇すら与えられなかった。
まるで目に見えないノズルに強烈に吸い込まれたみたいに、ジュッと嫌な音を立てて空間の歪みの中に消え去った。
血の一滴どころか、体毛一本残らない。綺麗さっぱりな清掃完了だ。
「……は?」
ガルドが掲げた剣が、間抜けに途中で止まった。
敵が、消えた。
さっきまでそこに確かにいた巨大な塊が、一瞬でゼロになった。
「い、いま……何だ……? どこ行った……!?」
「え、消えた……? 蜘蛛……どこ……!?」
完全にかみ合わないパニックを起こし、互いの装備の端を掴み合って後ずさりする三人。ガルドの額からは、さっきの嫌な汗とは違う、本物の冷や汗がダラダラと垂れていた。
「ひ、ひぃぃっ! ガルド様、逃げましょう! なんかいる! 目に見えない何かいるって!!」
「だ、誰も喋るな! 刺激するな!!」
(……うわ、消え方エグ……調子乗って害虫判定強めすぎたか)
俺は背中の重いリュックを少し持ち上げ、引きつりそうになる顔をうつむけて隠した。
部屋のゴミを消す要領で『害虫駆除』の出力をちょっと弄っただけなのだが、見守る側からすれば怪奇現象以外の何物でもないらしい。ガルドは剣を構えたまま、膝をガクガクと震わせている。
(……まあ、いいか。単位さえ取れれば)
勝手にビビって勝手に前線を警戒してくれるなら、俺としては万々歳だ。
肩に食い込む生臭い革リュックの重みを耐え忍びながら、俺はビクビクと進み始めた三人の背中を、半歩遅れてのんびりと追いかけた。




