第4話:検証の十年間と、15歳の予備校最終試験③
「初級ダンジョン・薄暗がりの洞窟」の一歩目は、ただただ不快だった。
足を踏み入れた瞬間、ねっとりとした冷気が足首から這い上がり、湿気とカビと、何か腐ったものが混ざった生臭い臭いが鼻をつく。壁からは濁った水滴がポタポタと落ちていて、地面の泥が踏むたびにぐちゃりと嫌な音を立てた。
「うわっ……なにこれ、汚っ。靴の中に水入ってきたんだけど……最悪」
魔法使いの女が、眉間に深いシワを寄せてスカートの裾を持ち上げた。
「我慢しろ。ダンジョンなんてこんなもんだ」
ガルドが偉そうに胸を張るが、甲冑の隙間から覗く首筋にはうっすらと嫌な汗が浮かんでいる。弓使いの少年は何も言わず、鬱陶しそうに腕の虫刺されをポリポリと掻いていた。
(……だめだ、耐えらんねぇ)
俺は後ろで重いリュックを担ぎ直しながら、小さく舌打ちしそうになるのを耐えた。
首筋にへばりつく湿気。
革リュックが吸った汗の生臭さ。
そして、暗闇の奥から漂ってくる、生の肉が腐ったような不衛生な匂い。
快適さの対極。前世の攻略オタクとしての血か、単に潔癖なだけか分からないが、この湿気と匂いは俺の神経をゴリゴリ削るには十分すぎた。
(……あー、無理。マジでキツい。少し弄るぞ)
俺は前を歩く三人の背中越しに、視線を走らせた。
左のゴツゴツした岩壁、右の濡れた岩壁、滴の垂れる低い天井。そして靴を湿らせる泥の地面。
前を歩くガルドが「おい足元気をつけろよ、滑るぞ」とか何とか仕切っている声を背景音に聞き流しながら、俺は洞窟の歪な境界線を脳内で強引に囲い込んだ。
(……壁あって、天井あって、床がある。よし、ここ俺の部屋。文句は認めん)
手元で、スキルがぬるりと起動する。
【部屋で快適に過ごす】
威力を上げすぎるとガルドたちにバレる。ほんのわずか、感覚としては全体の1%にも満たない程度の魔力を指先から滑り込ませた。
瞬間――目に見えない無色の波が、湿りきった洞窟の空気を一気に押し流していった。




