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第9話 湿地の王



 セドは、人間だけを狂わせるわけじゃない。


 犬。


 鳥。


 ネズミ。


 そして湿地の主たち。


 崩壊後、レイジャー化した動物の多くは異常な肥大化を見せた。


 理由は分からない。


 軍警上層部は「代謝暴走」と発表していたが、下層区じゃもっと単純に説明される。


 ――怒りすぎた。


 レイジャー化した生物は、理性を失う。


 隠れない。


 待ち伏せもしない。


 ひたすら暴れ。


 噛み砕き。


 動き続ける。


 そして時折、エネルギー切れを起こす。


 暴れ続けた獣は、仮死状態みたいに沈黙することがある。


 問題は。


 回復した瞬間だった。


     *


 水面が爆発した。


 巨大レイジャー鰐が飛び出す。


 デカい。


 なのに。


 速すぎた。


 まるで早送り映像だった。


 ふざけた速度で地上を滑る。


 四肢が水と泥を撒き散らす。


 コンテナを蹴り飛ばし。


 車両残骸へ突っ込み。


 鉄板を噛み砕く。


「はやっ——!?」


 リコが叫ぶ。


 ハンクが発砲。


 着弾。


 だが止まらない。


 怪物はコンテナ壁面へ激突し、そのまま強引に方向転換した。


 地面が抉れる。


 湿地の泥が吹き上がる。


「クソッ!!」


 マルコが転倒する。


 PSPケースが水へ落ちた。


「うわあああ!!」


「諦めろ!!」


 次の瞬間。


 巨大ワニが地面ごと突っ込んできた。


 埋立地が悲鳴を上げる。


 コンテナが傾く。


 鉄骨が折れる。


 足元が沈んだ。


 濁流が一気に流れ込んでくる。


 しかも。


 黒い。


 セドだ。


 水の中へ異常な濃度で溶け込んでいる。


 頭痛。


 耳鳴り。


 嫌な感情が流れ込んでくる。


 怒り。


 恐怖。


 絶望。


 この場所に沈んだ人間たちの感情が、泥みたいに堆積していた。


「退路確保! 水路へ!!」


 ハンクが怒鳴る。


 だが。


「待て!!」


 カイが叫ぶ。


 ハンクが振り返る。


「何だ!」


「そっちはダメだ!!」


「理由は!?」


 説明できない。


 だがカイには見えていた。


 水路の奥。


 黒いセドが渦を巻いている。


 濃すぎる。


 あそこは危険だ。


 巨大レイジャー鰐が再び地面を蹴った。


 早送りみたいな速度。


 水飛沫。


 泥。


 咆哮。


 怪物は一直線にこちらへ突っ込んでくる。


「散れ!!」


 ハンクが叫ぶ。


 一行が左右へ飛ぶ。


 巨大ワニは勢いそのまま、コンテナへ激突した。


 轟音。


 鉄骨が歪む。


 その瞬間。


 ハンクの目が変わる。


「……起点だ」


「何?」


「右前脚だ!」


 巨大ワニの動きが、一瞬だけ崩れていた。


 右前脚。


 古い裂傷。


 腐ったセドが滲んでいる。


「そこ狙え!!」


 発砲。


 リコ。


 ハンク。


 バラクーダ。


 銃声が連続する。


 着弾。


 怪物が絶叫する。


 初めて苦痛に反応した。


「効いてる!!」


 マルコが叫ぶ。


「文明の勝利だクソ野郎!!」


 巨大ワニが暴れる。


 コンテナへ激突。


 さらに地盤が崩れる。


 だが今度は違った。


 右前脚が完全に潰れている。


 怪物が転倒した。


 泥水が吹き上がる。


「今だ!!」


 ハンクがショットガンを構える。


 至近距離。


 発砲。


 炸裂。


 巨大レイジャー鰐の頭部が、半分吹き飛んだ。


 数秒。


 怪物はまだ動いていた。


 巨大な尾が泥を叩く。


 コンテナを薙ぎ倒す。


 それでも。


 ゆっくり。


 沈黙した。


 雨音だけが残る。


 誰も動かなかった。


 マルコが泥水へ膝をつく。


 そして。


 ゆっくり水面からPSPケースを拾い上げた。


「……生きてる」


「お前そればっかだな」


「当たり前だろ」


 マルコは笑う。


「今日の戦利品で一番価値あるぞ」

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