第8話 デッドストック
コンテナ地帯は迷路だった。
水没した通路。
錆びたシャッター。
崩れた番号表示。
雨水が足元を流れていく。
ハンクは軍用レーダーを見ながら進む。
「A区画探索。十五分」
「はいはい軍警先生」
マルコが肩をすくめる。
「遅れると?」
「夜になる」
ハンクは即答した。
「夜の湿地は人間の時間じゃない」
誰も反論しなかった。
マルコがコンテナ前にしゃがみ込む。
「お、これは簡単だ」
細いピックを差し込む。
数秒。
カチ。
「開いた」
「便利だなお前」
「だから雇われた」
シャッターが上がる。
中には大量の家電。
箱入りゲーム機。
古いタブレット。
未開封バッテリー。
「うおっ……」
リコが思わず声を漏らす。
「これ全部生きてたら上層区で豪邸建つぞ」
「重い」
ハンクが切り捨てる。
「運搬量考えろ」
現実だった。
持てる量には限界がある。
しかも帰り道もある。
「薬と電池優先だ」
ハンクが言う。
「ゲーム機は?」
「価値は高いが場所を取る」
マルコはケースを抱える。
「でもこれは捨てがたい」
「何だそれ」
「PSP」
黒い携帯ゲーム機だった。
透明ケース入り。
傷は少ない。
「新品に近いぞこれ」
「動くのか?」
「知らん。でもコレクターは泣いて喜ぶ」
別の箱。
今度は灰色の古いゲーム機。
黄ばんでいる。
角が丸い。
「これ何」
「SNES」
マルコが即答した。
「二十世紀の遺物だ」
「動くのか?」
「さあな。でもこういうのは“動くか”じゃない」
彼は慎重に持ち上げる。
「存在してるだけで価値がある」
「宗教だな」
「文明ってのは大体宗教だ」
リコが別ケースを漁る。
色褪せたカートリッジ。
恐竜。
配管工。
格闘家。
崩壊前の子供たちが遊んでいた世界。
「こういうの、上層区の連中めちゃくちゃ欲しがるぞ」
マルコが言う。
「平和だった頃の空気が入ってるらしい」
「空気で飯食えんのか」
「上層区は食う」
ルシアが古いスマホを拾い上げた。
「これ、生きてるかも」
画面は割れていたが、完全には死んでいない。
マルコが覗き込む。
「動画入ってる?」
ルシアは少し触る。
画面に動画一覧が表示される。
誕生日。
海。
子供。
「おっ……」
マルコの顔が少し変わる。
「うちの姪も、昔あんな感じだったな」
小さく言う。
「ケーキなんか食ったことなくてさ。配給クラッカーにロウソク立てて喜んでた」
誰も何も言わない。
「俺がもっと早く象印入ってりゃ、あいつら餓死しなかったかもな」
雨音だけが響く。
ハンクが即座にスマホを閉じた。
「今見るな」
「なんでだよ」
「時間がない」
ハンクは腕時計を見る。
「現在十五時三十分。予定より遅れてる」
「ちょっとくらい——」
「ハリケーン来るぞ」
マルコは不満そうにスマホを見る。
「帰ってから上映会な」
「酒もいる」
「当然」
少しだけ空気が緩む。
その時だった。
ハンクの軍用レーダーが、突然大きく反応音を鳴らした。
全員が止まる。
画面の点が、動いていた。
しかも速い。
「……人間じゃない」
ハンクの声が低くなる。
水音。
遠く。
コンテナ地帯の奥。
何か巨大なものが、水路をこちらへ進んでいた。




