第7話 コンテナ
輸送車が止まった。
ここから先は道路が沈んでいる。
エンジンを切った瞬間、世界が妙に静かになった。
雨音だけが響いている。
「徒歩だ」
ハンクが言う。
全員が装備を確認する。
ショットガン。
軍警払い下げの防弾ベスト。
錆びた鉈。
自動小銃。
違法品だ。
見つかれば軍法裁判。
最悪、銃殺。
それでも下層区じゃ、自動小銃は命綱だった。
「……アイスマン案件、か」
マルコが珍しく静かだった。
さっきまで笑っていた男とは思えない。
「間接的にでも出張ってくるってことは、相当ヤバいぞ」
「回収班全滅してる時点で察しろ」
ハンクが言う。
バラクーダは黙ったまま、信号弾筒を確認していた。
リコが小さく息を吐く。
「正直、整列レイジャーと真正面からやり合ってたら死んでたよな」
「全滅しててもおかしくなかった」
ルシアが平然と言う。
「セドが静かだった。あれは自然じゃない」
カイも同意だった。
レイジャーは本来、怒りそのものだ。
暴れ。
叫び。
食い破る。
なのに、あいつらは静かだった。
まるで。
命令を待つ犬みたいに。
「……行くぞ」
ハンクが前へ出る。
雨の向こう。
茶色い建物が見えた。
ベイハーバーブッチャー・ベイサイド店。
崩壊前は人気キューバ料理チェーンだった場所だ。
入口横には、等身大マスコット。
茶色い制服。
黒いエプロン。
笑顔のまま、肉切り包丁を持っている。
潮風と雨で顔の塗装が剥げていた。
崩壊前のテレビ番組か何かのパロディだったらしい。
今となっては、誰も元ネタを知らない。
「趣味悪ぃな」
リコが呟く。
「キューバサンドうまかったらしいぞ」
マルコが言う。
「昔は行列できてたらしい。二時間待ち」
「サンドイッチに?」
「崩壊前の人類は暇だったんだよ」
「今も暇そうだぞ、お前」
「俺は文化人だ」
マルコが胸を張る。
「象印は“食”を守る組織だからな」
「ただ米炊いてるだけだろ」
「分かってねえなリコ。炊飯は文明だ」
「お前らそのうち炊飯器に祈り始めるぞ」
「もうやってる」
一瞬、全員が黙る。
「マジ?」
「冗談だ」
マルコが吹き出す。
「半分くらいは」
小さく笑いが起きる。
だが長くは続かなかった。
店の裏側。
そこには大量のコンテナ型貸し倉庫が並んでいた。
錆びたシャッター。
水没した通路。
雨水に揺れる番号表示。
C-12。
F-09。
B-31。
軍警の黄色い封鎖テープが風に揺れている。
「軍警探索部隊が、ここを一時保管所に使ってた」
ハンクが言う。
「水没前に回収した旧文明資産を、ここへ搬入。その後、全滅」
「で、場所ロスト?」
リコが聞く。
「データ消失。回収ルートも死んだ」
「軍警らしいな」
マルコが鼻で笑う。
ハンクは無視した。
「数ヶ月後、象印の別働隊がここを再発見した」
「じゃあ象印が回収したんじゃねえのか?」
「象印の先遣隊も全滅した」
空気が止まる。
「それで象印は回収を諦めた」
ハンクは倉庫群を見る。
「代わりに情報を軍警末端へ売った。俺らは、そのおこぼれだ」
「夢がねえな」
「夢見てる奴から死ぬ」
バラクーダが初めて口を開いた。
その声は妙に冷たかった。
ハンクは古びた軍用レーダー端末を確認する。
画面に小さな反応点。
「まだ動いてるのか、それ」
リコが覗き込む。
「通信網は死んでるが、近距離ビーコンは別だ」
ハンクが答える。
「軍警探索部隊のドッグタグには発信機が入ってる。近距離なら拾える」
「便利だな」
「死体探しにはな」
ハンクは一点を指した。
「B区画。未確認タグ反応あり」
コンテナ群を進む。
途中、マルコが突然しゃがみ込んだ。
「お、軍警式じゃねえか」
コンテナ錠前を見て笑う。
「分かるのか?」
リコが眉をひそめる。
「象印を舐めるな。俺ら半分泥棒だぞ」
マルコは濡れた工具ケースを開いた。
細い金属棒。
自作らしいピック。
迷いなく差し込む。
「昔は車専門だったんだけどな」
カチ。
数秒だった。
シャッターが開く。
リコが呆れた顔をする。
「……だからお前メンバー入りしてたのか」
「今さら気づいたのかよ」
マルコが笑う。
「炊飯だけで食っていける時代じゃねえんだ」
倉庫の中には、未開封の段ボールが積まれていた。
バラクーダが一つ裂く。
中から出てきたのは、茶色い長袖制服だった。
「おいおい」
マルコが目を輝かせる。
「新品じゃねえか!」
ベイハーバーブッチャー店員制服。
茶色のヘンリーネック。
カーキのカーゴパンツ。
黒い防水エプロン。
ビニール包装されたまま残っていた。
「穴空いてねえ服とか久々に見たぞ」
マルコはその場で制服を体に当てる。
「どうだ?」
「肉処理班」
「最高って意味だな」
少しだけ笑いが起きる。
ハンクのレーダーが、小さく反応音を鳴らした。
かなり近い。
一行はシャッター奥へ進む。
そこには乾いた血痕だけが残っていた。
壁。
床。
コンテナ。
軍警装備の一部。
だが死体はない。
水路へ続く、巨大な引きずり跡だけが残っていた。
マルコの笑みが少し消える。
「……ワニか」
誰も答えなかった。
雨音だけが、コンテナ地帯に響いていた。




