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第5話 アイスマン




 輸送車は、水没しかけた高架道路をゆっくり進んでいた。


 窓の外には沈みかけたネオンサイン。


 海水に浸かった廃車。


 崩れたショッピングモール。


 暴風雨前の空は灰色で、街全体が汗をかいているみたいだった。


「ハリケーン前に帰れりゃいいけどな」


 マルコが笑う。


 象印ギャング。


 もはやギャングというより宗教に近い連中だ。


 炊飯器を守り。


 米を配り。


 白米を神聖視する。


 下層区じゃ、象印の炊き出しで生き延びた奴も多い。


 タンクトップの襟元から、炊飯器ロゴの刺青が少しだけ覗いていた。


「帰れたらパーティだ」


「毎回やってんな、お前ら」


 リコが呆れたように言う。


「当然だろ。ハリケーン前に騒がねえ奴はネオマイアミ人じゃねえ」


「街吹き飛ぶかもしれねえのに」


「だから飲むんだよ」


 荷台に笑いが広がる。


 ハンクだけは無言だった。


 軍警払い下げのショットガンを膝に置き、外を見続けている。


「去年なんか最高だったぞ」


 マルコが続ける。


「発電機持ち込んで、屋上でレゲトン流してたら、隣のビルからジジイ連中がドミノ持ってきてさ」


「またその話か」


「途中で看板飛んできて、一人吹っ飛んだ」


「死んだ?」


「ラム飲みながら戻ってきた」


 また笑い声。


「お前らラテン系って、本当に頭おかしいな」


 そう言ったのはバラクーダだった。


 《イーグルズ》所属を名乗る男。


 無精髭。


 濡れた防弾ベスト。


 腰には大型リボルバー。


 ベストの横には赤い信号弾筒が固定されている。


「褒め言葉だな、それ」


 マルコがニヤつく。


「お前も飲めば分かる」


「酒でハリケーンは止まらねえ」


「でも怖さは止まる」


 バラクーダは鼻で笑った。


「だから下層区はいつまで経っても貧乏なんだ」


 少し空気が止まる。


 だがマルコは怒らなかった。


「金持ちになっても、どうせ最後は水に沈む」


「達観してんな」


「マイアミ人だからな」


 また笑いが起きた。


 リコが信号弾を指差す。


「なんだそれ」


「遭難用」


 バラクーダは短く答えた。


「ハリケーン時は視界死ぬからな」


「イーグルズらしい装備だな」


「海で死にたくなきゃ覚えとけ」


 ママ・ルシアは荷台の隅で、砕けたスマホを弄っていた。


 画面は真っ黒だった。


「まだ持ってんのか、それ」


 リコが言う。


「ブラックミラーだからな」


 ルシアが笑う。


 壊れたスマホを下層区ではそう呼ぶ。


 崩壊前の古いドラマが由来らしい。


「中身は?」


「空だ」


「ハズレだな」


「部品は売れる」


 ルシアは器用に裏蓋を外した。


「たまに動画入りもある」


「動画?」


「旅行動画、猫、映画、ポルノ。何でもだ」


 マルコが呆れたように言う。


「そんなもん売れるのか」


「売れるさ」


 ルシアは笑った。


「今の時代、平和そうな映像は高い」


 リコが苦笑する。


「終わってんな、この街」


「終わってるから売れるんだ」


「なあ」


 マルコが急に声を落とした。


「アイスマンがセドヴードゥー使いだって噂、知ってるか?」


 荷台の空気が少し変わる。


セドによる特殊能力に目覚めた者を、軍警は「能力者」と呼ぶ。しかしハイチ系住民の多い下層区では、その力は呪術や魔術と解釈され、「ヴードゥー使い」と呼ばれていた。


 ハンクは反応しない。


 バラクーダだけが少し眉をひそめた。


「都市伝説だろ」


 リコが言う。


「いや、本物だ」


 マルコは珍しく真面目な顔をしていた。


「かなり昔、アイスマンにレイジャーが襲いかかったことがあったらしい」


「で?」


「アイスマンがひと睨みしたらレイジャーは急におとなしくなって地面に座り込んだらしい」



「んな嘘くせー話信じるかよ。そもそもアイスマンは秘密主義者で、一部の部下しか顔も知らないらしいじゃねえか。そいつが本当にアイスマンだったのかも怪しいぜ」



 輸送車が大きく揺れた。


 外で雷鳴。


 雨が降り始める。


 マルコは続ける。


 「敵を凍り付かせるように動けなくする。だからアイスマンって呼ばれるようになったんだ」


 発電機の振動だけが荷台に響く。




 その時だった。


 前方車両の無線がノイズ混じりに鳴った。


『――こちら先行班』


 雑音。


 雨音。


 荒い呼吸。


『レイジャーを発見』


 ハンクが無線を取る。


「状況は」


 数秒の沈黙。


 そして。


『……並んでる』


「何?」


『道路脇に座ってる』


 荷台の空気が変わった。


『全員、同じ方向を向いてる』


 マルコの笑みが消える。


 ルシアも手を止めた。


 バラクーダだけが小さく舌打ちした。


 カイは窓の外を見る。


 遠く。



 確かに複数のレイジャーの影が見える。


 静かだった。


 まるで。


 何かに呼ばれているみたいに。


 あるいは。


 何かを待っているみたいに。

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