第4話 配給券二十枚
澱が何なのか、正確に説明できる人間はいない。
文明崩壊とほぼ同時期に現れた。
それだけだ。
死体の周囲に溜まり。
感情の強い場所に残る。
濃度が上がると電子機器が狂い、人間も壊れる。
死ぬまで怒り続けるレイジャー。
感情を失うフェイダー。
多幸感に支配されるユーフォリア。
澱に長く触れた人間は、大抵どれかになる。
下層区では澱のことを“セド”と呼ぶ奴が多かった。
理由は知らない。
皆そう呼ぶからそう呼ぶだけだ。
そして、ごく一部だけ。
完全には壊れずに済む人間もいる。
しかも特殊な能力に目覚めるという。
それが幸運なのかどうかは、誰にも分からない。
*
港沿いの倉庫街は、ハリケーン前独特の湿気に包まれていた。
空は暗く。
風は生ぬるい。
コンテナ群の隙間では発電機が低く唸っている。
カイとリコは、指定されたコンテナの前に立っていた。
「今回の面子か」
リコが嫌そうに呟く。
ギャングが三人。
全員、自動小銃を布で雑に隠している。
見つかれば銃殺。
だから逆に、隠し方が雑な奴ほど危険だった。
一人は象印ロゴ入りタンクトップ。
一人は革ジャンと軍警払い下げの防弾ベスト。
最後の男だけ異様だった。
長いスカート。
色褪せた口紅。
派手なアクセサリー。
どう見ても女装だった。
「何だよその格好」
リコが言う。
男は笑った。
歯が妙に白い。
「ママ・ルシアだ」
「どう見ても男だろ」
「名前なんて飾りさ」
象印ギャングの男が吹き出した。
「気にするな」
「こいつ昔からこんなんだ。自称能力者。」
「安心しろ」
ママ・ルシアが両手を広げる。
「まだ人間だ」
「そこが不安なんだよ」
リコが吐き捨てた。
その時だった。
「おいカイ」
リコが小声で言う。
コンテナの陰。
潮風と発電機の音に紛れる場所だった。
「なんだ」
「やつ、どう思う?お前みたいに特別な力があるの?」
カイは少しだけママ・ルシアを見る。
妙な感じはする。
何かを隠している人間。
そんな印象だった。
「なんとも言えない。嘘つきではありそうだが な」
「だろうな」
「でも危険な感じじゃない」
「どう見ても危険な見た目だろ」
その時、コンテナが開いた。
中から新しい男が出てくる。
背が高い。
灰色のレインコート。
軍警用ショットガン。
右耳が無い。
「補充メンバーだ」
「アイスマンから回された」
その名前が出た瞬間、空気が少し変わった。
アイスマンとはネオマイアミのギャングの元締めの通常だ。複数のギャングがネオマイアミに存在するが、その全てを支配しているという。
ショットガンの男が低く言った。
「ハンク」
「元軍警だ」
それだけだった。
妙に静かだった。
嵐の前なのに、周囲だけ温度が低い気がする。
気のせいかもしれない。
ネオマイアミでは思い込みで死ぬ奴も多い。
「予定変更だ」
ハンクが言った。
「ハリケーン前に入る」
「は?」
リコが顔をしかめる。
「明日じゃなかったのか」
「物資が水没する」
それだけだった。
ギャングたちが不満そうに顔を見合わせる。
「報酬は配給券二十枚」
リコが口笛を吹いた。
「破格だな」
「要はそれだけ危険だってことだろ」
だが反対する者はいない。
配給券二十枚。
旧文明物資。
缶詰。
電子部品。
上手くいけば数ヶ月は楽できる。
「……行くしかねえか」
リコが呟いた。
遠くで雷鳴が響く。
カイは海の向こうを見る。
立入禁止区域。
軍警の検問を超え、死と隣り合わせの領域。




