第3話 死体袋
旧商業区で拾った物資は、大した額にならなかった。
湿気で半分死んだ医療パック。
古いエネルギーバー。
発錆した電子基板。
それに、リコがレイジャーの巣から剥いできた軍警用ブーツ。
「二足で配給券三枚ってとこか」
「片方穴空いてるぞ」
「下層区じゃ穴空いてない靴の方が珍しい」
リコが笑った。
二人は高架下市場を抜け、港沿いの古い倉庫街へ向かった。
軍警の正式区域ではない。
だが軍警の末端連中がよく使う場所だった。
横流し。
没収品売買。
密輸。
ネオマイアミでは法律は厳しい。
だから裏市場が栄える。
倉庫の奥には、防弾ベスト姿の男がいた。
腕章は付けていない。
だが腰の拳銃と軍用ブーツで分かる。
「遅えぞ、カイ」
「仕事帰りだ」
「収穫は?」
リコが袋を放った。
男は中身を雑に確認する。
「ゴミばっかだな」
「そのゴミを配給券に変えるのがお前の仕事だろ」
「違いねえ」
男は鼻で笑った。
カイはジャケットの内ポケットを軽く押さえた。
マリオカートDS。
泥を拭き取ったソフトはそこに入っている。
見せない。
軍警の連中もレトロゲームの価値は知っている。
だからこそ見せない。
どうせ安く買い叩かれる。
売るなら富裕層か専門のゲーム商人だ。
少なくとも、こいつじゃない。
「弾は?」
リコが聞く。
「9ミリなら少し」
「散弾は?」
「湿気で半分死んでる」
「いつも通りか」
男は机の下から弾薬箱を引きずり出した。
「最近軍警も神経質でな」
「自動小銃持ってるだけで銃殺だ」
ネオマイアミでは、自動小銃は軍警の特権だった。
見つかれば軍法裁判。
翌日には壁の前に立たされる。
だから皆隠す。
分解する。
海に沈める。
それでもギャングは持っていた。
必要だからだ。
「で、本題だ」
男が声を潜める。
「立入禁止区域の件、俺は降りる」
「早えな」
「嫌な臭いがする」
カイは少し黙った。
昨日見た澱を思い出す。
「代わりは?」
「ギャングが担当する」
「最悪だな」
「報酬は配給券二十枚」
リコが口笛を吹く。
「景気いいな」
「だから嫌なんだよ」
男はそう言って倉庫奥を顎で指した。
「見てくか?」
「何を」
「昨日の死体」
少し迷ったあと、カイは頷いた。
「情報料だ」
「守銭奴め」
「軍警だぞ」
それは否定できなかった。
男は冷却室の扉を開く。
冷気と腐臭が流れ出た。
中央に黒い死体袋。
チャックが半分開いている。
「象印ギャングの連中だ」
袋の中には大柄な男の死体があった。
首筋には白黒の象のタトゥー。
見覚えがある。
「象印か」
リコが呟く。
「ああ」
男が頷いた。
「象印ギャングだ」
「まだいたのか」
「下層区じゃ最大手だろ」
男は死体を見下ろした。
白黒の象印マーク。
その下には、
――NUNCA HAMBRE
雑な字体で掘られていた。
“決して飢えない”。
彼らが好んで入れる文句だった。
死体の状態は酷かった。
胸。
腹。
肩。
全身が無理やり食い破られている。
骨ごと。
「レイジャーか?」
リコが顔をしかめる。
「噛み跡がデカすぎる」
「下水ワニって話もある」
「レイジャーワニ?」
「知らん」
男は肩をすくめた。
カイは答えなかった。
見えていたからだ。
死体から漏れ出す澱。
普通じゃない。
黒い。
重い。
まるで沼みたいだった。
そして。
街の奥へ流れていく。
「おい」
リコが言う。
「また見えてんのか」
「……少しな」
その時だった。
冷却室の照明が一瞬だけ消えた。
暗闇。
すぐに明かりが戻る。
何も変わっていない。
死体もそのまま。
だが。
カイは妙な寒気を覚えた。
まるで何かが、こちらを見ていたような気がした。




