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第2話 嵐の前



 ネオマイアミでは、ハリケーン警報は半分祭りみたいなものだった。


 もちろん死ぬ時は死ぬ。


 古い建物は吹き飛ぶし、下層区では毎年かなりの人数が流される。


 だが、人間は慣れる。


 慣れた結果、酒を飲み始める。


「今年は東に逸れるらしいぞ」


「去年もそう言って七階まで浸かっただろ」


「今年の発電機は当たりだ。煙が黒くねえ」


 通りには古いラテン音楽。


 屋台では配給ソーセージを焼く匂いが漂い、老人たちは折り畳み机を囲んでドミノをしていた。


 風で牌が飛びそうになっても誰も気にしない。


「カイ、お前もやるか?」


 片目の老人が笑う。


「負けたら配給券取るだろ」


「当然だ」


「じゃあやらねえ」


 笑い声が上がる。


 終末世界にしては、妙に明るい夜だった。


 リコが瓶ビールを投げてよこす。


 ラベルはとっくに剥がれている。


 リサイクル瓶に詰められた地ビールだ。


 どこの醸造所製なのか誰も知らない。


「最近また人が消えてるらしいぞ」


 カイは瓶を受け取りながら眉をしかめた。


「どこだ」


「下層区の南」


「……ふうん」


 最近、下層区で妙な噂が広がっていた。


 夜中に人が消える。


 死体も出ない。


 ただいなくなる。


 誰が言い始めたのかも分からない。


 都市伝説みたいな話だった。


 カイは正直、あまり関わりたくなかった。


 この手の話に首を突っ込むと碌なことにならない。


 ネオマイアミでは、好奇心が長生きすることは少ない。


「それより仕事だ」


 リコが声を潜める。


「軍警の末端が回収屋探してる」


「また違法漁りか?」


「今回は立入禁止区域」


 カイは顔を上げた。


 旧商業区よりさらに奥。


 崩壊直後に封鎖されたエリアだ。


 企業施設。


 物流倉庫。


 研究棟。


 何が残っているか分からない代わりに、一発当てれば数ヶ月は食える。


「何探すんだ」


「炊飯器」


 カイは即座に真顔になった。


「メーカーは」


「象印」


「マジかよ」


 近くでドミノをしていた老人たちが一斉に反応した。


「象印だと?」


「IHか?」


「圧力型なら一家養えるぞ」


「タイガー派は帰れ」


「戦争するか?」


 急に周囲が騒がしくなる。


 崩壊前の日本製炊飯器は、下層区では金より信用されていた。


 粗悪電力でも動く。


 壊れない。


 そして何より、まともに米が炊ける。


 ネオマイアミでは、それだけで十分“遺産”だった。


「昔の象印は百年持つ」


「いや二百年だ」


「盛るなジジイ」


 リコが笑う。


 その時だった。


 遠くでサイレンが鳴る。


 軍警の装甲車が二台、通りを横切っていった。


 最後尾には、黒い死体袋。


 防水シート越しでも分かるほど大柄だった。


「またどっかで撃ち合いか」


 リコが呟く。


 だがカイは返事をしなかった。


 見えていた。


 死体袋から、黒い煙みたいなものが漏れている。


 澱だ。


 しかも異常に濃い。


 普通の死体じゃない。


 澱は装甲車の後ろを尾を引くように漂いながら、街の奥へ流れていく。


 どこへ向かっているのかは分からない。


 だが。


 嫌な感じがした。


「……おい、カイ? 例のが見えてんのか」


「なんでもない」


 そう答えながら、カイは目を細めた。


 ハリケーンの前触れとも違う。


 もっと古くて、湿った感じ。


 まるで街そのものが腐り始めているみたいな。


 空を見上げる。


 黒雲の向こうで稲妻が光った。


 ネオマイアミでは、嵐の前に人間が騒ぐ。


 静かになるのは――何かが始まる直前だ。

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