第47話 ヤクザ
ヤクザの本拠地は、下層区に残された古い映画館だった。
赤い提灯。
鳥居。
鎧。
刀。
壁には読めない記号のような文字が並んでいる。
崩壊前の日本文化を、誰かが適当に継ぎ接ぎしたような場所だった。
「相変わらず趣味悪いな」
リコが呟く。
「嫌なら帰る?」
ナディアが笑う。
「借金返してからな」
二人は中へ入った。
この街には、ヤクザと名乗るギャング団がある。
日本人ではない。
日本について詳しいわけでもない。
ただ、崩壊前の映画やゲームや漫画に残された断片を拾い、日本とはこういうものだと信じ込んだ連中だった。
侍。
忍者。
極道。
切腹。
寿司。
全部同じ箱に入れて振ったような組織。
それがヤクザだった。
奥では組長が待っていた。
大柄な男。
剃り込み。
金の指輪。
肩には赤い羽織。
背後にはまた読めない文字が大きく書かれている。
リコには意味が分からない。
おそらく、組長本人にも分かっていない。
「来たか、ナディア」
組長が笑った。
「久しぶりだな」
「仕事の話をしに来た」
ナディアは座らない。
立ったまま言った。
「キャプテン・ヘイトクライム」
その名が出た瞬間、部屋の空気が少し変わった。
「老人に聞いて回ったけど誰も知らなかったぞ」
リコが言う。
「なんだそれ、ネオナチかって言われた」
組長は鼻で笑った。
「名前だけでは分からん」
「だが顔を見れば忘れない」
机に古いスマホが置かれた。
「見ろ」
動画が再生される。
夜。
港のコンテナヤード。
ヤクザの取引現場。
武装した組員たち。
その奥には檻があった。
中には拘束された人間たち。
奴隷だった。
リコの表情が消える。
ナディアも何も言わない。
画面の奥から、一人の男が現れた。
ボロボロのマント。
ヒーローを真似たような仮面。
胸には手描きのマーク。
ふざけた格好だった。
だが次の瞬間。
男はヤクザの一人を殴り飛ばした。
速い。
重い。
人間とは思えない威力だった。
銃声。
怒号。
男は止まらない。
コンテナの影を走り抜け、銃を持った組員を叩き伏せる。
檻の鍵を壊す。
奴隷たちが逃げ出す。
「撃て!」
誰かが叫んだ。
男は胸を張った。
そして。
「ヘイト・スピーチ!」
凄まじい叫び声だった。
スマホの音が割れる。
空気が震えたように画面が揺れる。
組員たちは耳を押さえ、その場へ崩れ落ちた。
動画はそこで途切れた。
「何だ今の」
リコが言った。
「技名だろ」
ナディアが答える。
「最悪だな」
組長はスマホを回収した。
「奴は我々の取引を潰した」
「奴隷を逃がし、仲間を叩きのめし、メンツを潰した」
「警察には?」
リコが聞く。
組長は笑った。
「奴隷売買を自分から白状するのか?」
「無理だな」
「だから内々に済ませたい」
ナディアが腕を組む。
「捕獲?」
「できればな」
「死体は?」
「払う」
「動画だけなら?」
リコが口を挟んだ。
組長はリコを見る。
「証拠か」
「捕まえられる相手に見えねえ」
リコは答えた。
「なら撮るだけでも値段を付けろ」
組長は少し笑った。
「賢いな」
「臆病なだけだ」
「いいだろう」
組長はナディアへ視線を戻す。
「お前は腕利きだ」
「期待しているぞ」
ナディアは表情を変えない。
「前払い半分」
「成功後に残り」
「相変わらずだな」
「信用してないだけ」
リコは動画の最後を思い返していた。
キャプテン・ヘイトクライム。
ふざけた名前。
ふざけた格好。
だが。
あの戦闘力だけは冗談ではなかった。
*
一方その頃。
カイとロイドは、ヘリオスから持ち帰った資料の山と格闘していた。
紙の束。
地図。
名簿。
端末のデータ。
意味不明な略語。
二日かけても、成果はほとんどない。
「量がおかしい」
ロイドは机へ突っ伏した。
「ヘリオスの社員、全員頭おかしいだろ」
「かもな」
カイはページをめくる。
兄の手掛かり。
シェルター。
そのどちらかが必ず残されている。
そう信じていた。
だが現実は甘くない。
名前は多すぎる。
番号も多すぎる。
地図は古すぎる。
何が重要なのかすら分からない。
翌日。
軍学校を出たところで声が掛かった。
「カイ」
教官だった。
三十代後半。
軍警上がり。
そして、兄の同期だった男。
「金融街に行ったそうだな」
カイは黙った。
「誰から聞いた」
「聞こえてくる」
教官はため息をついた。
「この街じゃ、危ない話ほど早い」
カイは目を逸らさない。
「事情は分かる」
教官は続けた。
「兄を探したい気持ちもな」
カイの指が少し動いた。
「だったら――」
「だから言ってる」
教官が遮る。
「危ない橋を渡るな」
沈黙。
「お前は最近、裏の仕事に首を突っ込みすぎだ」
「このままじゃ命を落とす」
カイは返事をしなかった。
「兄貴なら、お前にそうしてほしいとは思わない」
教官の声は静かだった。
怒ってはいない。
脅してもいない。
本気で警告しているだけだった。
カイは拳を握る。
「兄を見つけるまで」
ようやく言った。
「俺は止まりません」
教官は少しだけ苦い顔をした。
「頑固なところまで兄貴そっくりだな」
カイは何も言わなかった。
褒め言葉には聞こえなかった。




