第48話 犯罪を憎む者
夜のネオマイアミ。
高層ビルの屋上に、一人の男が立っていた。
黒いマント。
安物のマスク。
胸には手描きのエンブレム。
誰も正体を知らない。
知る必要もない。
俺はキャプテン・ヘイトクライム。
犯罪を憎む者。
だからヘイトクライムだ。
実に分かりやすい。
我ながら良い名前だと思う。
男は街を見下ろす。
ネオマイアミ。
世界が崩壊して二十七年。
他の都市では略奪と飢餓が日常になった。
国家は滅びた。
法律も秩序も消えた。
それでも、この街は生きている。
市場がある。
学校がある。
劇場がある。
ゲーム大会まで開かれる。
人は働き。
子どもは遊び。
文化は受け継がれている。
文明はまだ死んでいない。
小さな火だ。
だが、その火を絶やしてはならない。
「小悪党どもに文明の火を消させはしない。」
奴隷商人。
麻薬。
略奪。
人身売買。
犯罪者は文明を蝕む。
放っておけば、この街も世界と同じ運命を辿る。
それだけは許さない。
男は夜空を見上げた。
「崩壊前のヒーロー映画で、ある英雄が言っていた。」
「『大いなる力には、大いなる責任が伴う』」
作品名は忘れた。
主人公の名前も覚えていない。
だが、その言葉だけは胸に残っている。
「その通りだ。」
「選ばれし力には責任が伴う。」
「だから俺は戦う。」
「これからの文明のため。」
「愛するマイアミの文化のため。」
その時だった。
路地裏から悲鳴が聞こえた。
男は迷わず屋上から飛び降りる。
着地。
水たまりが弾けた。
三人組の男が若い女を囲んでいる。
財布を奪い、逃げ場を塞いでいた。
「誰だ!」
一人が拳銃を向ける。
男は答えない。
一歩踏み込む。
拳。
一人目が壁へ叩きつけられた。
二人目がナイフを振る。
腕を掴み、そのまま地面へ投げ飛ばす。
三人目が拳銃を構えた。
「ヘイト・スピーチ!」
轟音。
男の叫びが狭い路地へ響き渡る。
セドによって強化された声帯。
その咆哮は凄まじい音圧となり、鼓膜と平衡感覚を容赦なく襲った。
「ぐあぁっ!」
三人目は耳を押さえ、拳銃を落とす。
膝をつき、その場に倒れ込んだ。
男は静かに拳銃を蹴り飛ばす。
「犯罪者に居場所はない。」
三人は這うように逃げていった。
女は震えながら頭を下げる。
「あ……ありがとうございました。」
男は振り返らない。
再び屋上へ飛び上がる。
夜風がマントを揺らした。
「誰も俺の正体には気付いていない。」
「それでいい。」
「俺は賞賛されるために戦っているわけじゃない。」
「文明を守るために戦う。」
男は静かに街を見下ろす。
ネオマイアミ。
崩壊した世界に残された、小さな文明の灯火。
「今日もまた、この街を守ろう。」
キャプテン・ヘイトクライムは夜の闇へと姿を消した。




