第43話 弔い
金庫の扉を叩く音が止んだ頃。
誰もすぐには動かなかった。
疲労。
緊張。
恐怖。
全てが一気に押し寄せてきた。
マスタングが壁にもたれかかる。
「終わったか」
「多分な」
ロイドも床へ座り込んだ。
*
一行は慎重に一階へ戻った。
難民たちの様子を確認するためだ。
崩落したビル。
沈んだ道路。
漂流物。
金融街はもはや廃墟だった。
だが。
「いた!」
若い難民が叫んだ。
生存者たちが集まっている。
予想より多い。
そして。
崩落で死んだと思われていた子供たちもいた。
*
「おう」
聞き覚えのある声。
ボートの上。
コックローチが座っていた。
全員が固まる。
「生きてたのか」
マスタングが呆れた。
「死ぬ理由がねえ」
コックローチは平然と言った。
「ビルが変な音し始めたからな」
「だから逃げた」
「お前なあ……」
ロイドが頭を抱える。
*
だが。
難民たちの反応は違った。
「この人が助けてくれたんだ」
老婆が言った。
「子供らを先に逃がしてくれた」
「ボートも出してくれた」
「救援も呼んでくれた」
コックローチは気まずそうに顔を逸らした。
「別に助けたわけじゃねえ」
「俺も死にたくなかっただけだ」
誰も信じていない顔だった。
*
「で、誰呼んだんだ?」
ロイドが聞く。
「イーグルズだよ」
コックローチは答えた。
「近場で動けるのあいつらくらいだからな」
ロイドは頷いた。
それなら分かる。
*
その日の夕方。
一行は階段へ戻った。
そこにいた。
四体のレイジャー。
もう動かない。
ただの死体だった。
だが。
難民たちはレイジャーとは呼ばなかった。
*
一人の老婆が膝をつく。
潰れた顔へ手を伸ばした。
「ジェフ……」
掠れた声だった。
カイは目を見開く。
名前だった。
ただのレイジャーじゃない。
人間だった。
*
別の女が涙を流していた。
「ジュリエット……」
顔は原形を留めていない。
それでも間違えなかった。
「だからやめろって言ったのに……」
返事はない。
*
ガチャ組だった。
黒蜜を飲み。
ユーフォリアを夢見て。
金融街へ来た連中。
愚かだった。
無謀だった。
だが。
人間だった。
*
「悪い奴らじゃなかった」
若い難民が言った。
誰も否定しない。
マスタングも。
ロイドも。
モーゼスも。
黙ったままだった。
金融街で死んだのは。
レイジャーではなく。
ジェフであり。
ジュリエットであり。
名前を持つ人間たちだった。
*
日が沈み始める。
一同は再び金庫へ向かった。
中に閉じ込めた最後のレイジャーも放置できない。
休眠を確認してから扉を開ける。
スマホの電池は切れていた。
エステバンの最後の動画も終わっている。
休眠したレイジャーへ止めを刺した。
これで本当に終わりだった。
*
金庫の中身を運び出す。
金塊。
旧ドル札。
資料。
データ端末。
難民たちがざわつく。
「分けよう」
マスタングが言った。
「揉めるのは御免だ」
誰も反対しなかった。
金塊も。
一部地域でまだ有効な旧ドル札も。
未来を保証してくれるわけではない。
それでも何も無いよりは良い。
*
資料だけは別だ。
カイとロイドはそっとカバンにしまう
これだけは渡せない。
ヘリオス。
シェルター。
そして失踪者たち。
答えがあるかもしれなかった。
*
離れた場所で。
はぐれドラウナー達が座っていた。
誰も近付かない。
難民も。
探索隊も。
全員が距離を置いている。
男は苦笑した。
「居場所ねえな」
誰も答えなかった。
*
夜。
遠くから鳥レイジャーの鳴き声が聞こえる。
金融街の闇はまだ終わっていない。
だが。
生き残った者たちは確かにいた。
それだけは事実だった。




