第40話 離反者
血痕は廊下の奥へ続いていた。
新しい。
まだ完全には乾いていない。
マスタングがナイフを構える。
カイたちは後に続いた。
懐中電灯の光が暗闇を切り裂く。
誰も喋らない。
外では鳥が鳴いている。
だがヘリオス本社の中は異様なほど静かだった。
*
最初に見つかったのは死体だった。
壁際。
黒い覆面。
防刃ベスト。
胸部には大きな裂傷。
死後それほど時間は経っていない。
「ガチャ組じゃねえな」
モーゼスが呟く。
マスタングも頷いた。
装備が違う。
サルベージャーではない。
もっと慣れている。
暴力に。
戦いに。
そして死に。
「ドラウナーか」
マスタングの声が低くなる。
死体を蹴る。
強い力だった。
「その通りだ」
奥から声がした。
全員が武器を構える。
暗闇の中から三人の人影が現れた。
全員覆面姿。
だが武器は下げている。
「争う気はない」
先頭の男が言った。
「ドラウナーか」
「元な」
男が答える。
「今は違う」
*
数分後。
双方は距離を取ったまま話していた。
信用などしていない。
当然だった。
「ドラウナーを抜けた?」
ロイドが眉をひそめる。
「そんなことできるのか」
「できたからここにいる」
男は苦笑した。
「死にかけたがな」
「理由は」
男は少し考えた。
「最初はただのギャングだった」
「食うために集まった」
「略奪もした」
「人も殺した」
誰も口を挟まない。
「だが途中からおかしくなった」
「おかしく?」
若い難民が聞く。
「シリアルキラーや異常者が増えた」
静寂。
「人を殺すためだけに生きてる奴が何人もいる」
「仲間を殺して笑う奴もいた」
「必要もないのに拷問する奴もいた」
「自分の歯を抜いて笑ってる奴もいた」
男は疲れた顔をしていた。
「俺たちは無理だった」
別の男が呟く。
「特にボスだ」
全員がそちらを見る。
男は少し黙る。
「車椅子に乗ってる化け物」
それ以上は語らなかった。
語りたくないらしかった。
「信用できねえな」
マスタングが言う。
「俺もだ」
男は答える。
「だが今は争ってる場合じゃねえ」
「知るか」
マスタングの目は冷たい。
「ドラウナーは仲間を何人も殺した」
バラクーダ。
イーグルズ。
利用され。
殺された。
その怒りは消えていない。
「本来ならここで撃ってる」
男は何も言わなかった。
「待て」
モーゼスだった。
全員が振り返る。
「何だ」
「今争ってどうする」
マスタングが睨む。
「ドラウナーだぞ」
「元ドラウナーだ」
「同じだ」
「違う」
モーゼスは即答した。
「少なくとも今は俺たちと同じ状況だ」
モーゼスは周囲を見回した。
「外は鳥」
「ボートは無い」
「上には何がいるか分からん」
そして。
「人手が足りねえ」
それが現実だった。
崩落で多くを失った。
戦える人間はさらに少ない。
「信用はしねえ」
モーゼスが言う。
「だが利用はできる」
離反者の男が小さく笑った。
「正直で助かる」
「勘違いするな」
モーゼスは睨む。
「怪しい真似したら殺す」
*
長い沈黙の後。
マスタングが舌打ちした。
「……好きにしろ」
明らかに不満そうだった。
だが反対はしなかった。
今は生き残る方が先だった。
「一つ教えとく」
離反者の男が言った。
「俺たちはここへ五人で入った」
モーゼスが眉をひそめる。
「今は三人だな」
「ああ」
男は頷いた。
「二人死んだ」
「何にやられた」
男は少しだけ暗い廊下の奥を見る。
「レイジャーだよ。複数いる」
ガチャは失敗したようだ。
マスタングは懐中電灯を握り直した。
「行くぞ」
探索隊はさらに上階を目指した。




