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第39話 先客



 ヘリオス本社のロビーは静まり返っていた。


 外では鳥たちが狂ったように鳴いている。


 だが分厚い壁の向こうだ。


 ここまで音は届かない。


 静かだった。


 静かすぎた。


「まずは拠点を作る」


 マスタングが言った。


 誰も異論を挟まない。


 疲労は限界だった。


 難民たちはロビーへ座り込む。


 泣いている者もいる。


 家族を失った者もいた。


 仲間を失った者もいた。


 崩落から数時間しか経っていない。


 まだ現実感がなかった。


「筏を作るぞ」


 モーゼスが言った。


 難民たちが顔を上げる。


「ボートは終わった」


「だが水は残ってる」


「このビルの中から使えそうな資材を集めろ」


 誰も返事をしない。


「聞いてんのか」


「……分かってる」


 若い難民の一人が答えた。


 声に力がない。


 モーゼスもそれ以上は責めなかった。


 責めたところでどうにもならない。


 失ったものが大きすぎた。


 しかし入り口付近は守りを固めやすい構造になっていた。何人かは武装し警戒、残りが廃材から筏を作る。

     *


「お前も残れ」


 モーゼスがカイを見る。


「嫌だ」


 即答だった。


「俺は戦える」


「鉄パイプ振れるだけだろ」


「それでもだ」


 モーゼスが舌打ちする。


「ガキが」


 マスタングが二人を見る。


 少し考える。


 そして。


「来い」


 モーゼスが振り返る。


「おい」


「嫌でも付いてくる」


 マスタングは肩をすくめた。


「目の届く所に置いとけ」


 モーゼスは不満そうだったが反論しなかった。


     *


 探索隊は少人数になった。


 マスタング。


 モーゼス。


 カイ。


 ロイド。


 そして若い難民が三人。


 全員まともな武器がない。


 鉄パイプ。


 木材。


 ナイフ。


 そんなものだ。




     *


 ロビーを抜ける。


 受付。


 待合スペース。


 割れたガラス。


 放置された家具。


 どれも二十七年前のままだった。


 だが。


「新しい」


 カイが言う。


 床を指差す。


 泥の跡。


 靴跡。


 何人分もある。


「間違いなく先客だな」


 マスタングが頷く。


「ガチャ組か?」


 若い難民が聞く。


「かもしれねえ」


 ロイドが答えた。


 だが顔は険しい。


 血の気も引いている。


     *


 二階へ上がる。


 そこには生活の痕跡があった。


 空の缶詰。


 焚き火跡。


 毛布。


 誰かが最近までいた。


「数日以内だな」


 マスタングが言う。


 そして。


 さらに奥へ進んだ時だった。


 若い難民が息を呑む。


「おい……」


 全員が振り返る。


 廊下の壁。


 そこに新しい血痕が付いていた。


 まだ乾ききっていない。


 そのすぐ近くには。


 黒い布切れ。


 覆面の一部らしかった。


 マスタングがナイフを抜く。


 ロイドも鉄パイプを握り直した。


 静寂。


 誰も喋らない。


 ヘリオス本社のどこかに。


 まだ誰かがいる。


 そんな確信だけがあった。

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