第38話 鳥
最初の一羽が降りてきた時。
誰もそれが何なのか分からなかった。
黒い影。
崩落したビルの向こうから飛んでくる。
そして二羽。
三羽。
十羽。
数はあっという間に増えた。
「……鳥か?」
難民の一人が呟く。
答えたのはマスタングだった。
「走れ」
短かった。
だが全員が従った。
その声に迷いがなかったからだ。
鳴き声が聞こえる。
ギャア。
ギャアアア。
甲高い。
不快な音。
上空を見た難民が顔を青くした。
「多すぎる……」
ハゲワシ。
ペリカン。
カモメ。
様々な鳥が混ざっている。
どれも目がおかしい。
どれも飛び方がおかしい。
そして全てレイジャー化していた。
群れは群れを呼ぶ。
一羽が飛べば十羽が集まる。
十羽が百羽を呼ぶ。
金融街上空が黒く染まっていく。
「クソッ!」
モーゼスが鉄パイプを振るう。
一羽を叩き落とす。
だが意味はない。
次が来る。
さらに次。
終わらない。
*
難民たちは瓦礫の間を泳いだ。
崩落したビル。
沈んだ道路。
濁流。
その上を鳥の群れが覆う。
まるで嵐だった。
「こっちだ!」
マスタングが先導する。
誰も異論を挟まない。
今や彼だけが頼りだった。
後方で悲鳴が上がる。
振り返る。
老人の一人が転倒していた。
鳥が群がる。
助けに行こうとした若い難民をマスタングが掴んだ。
「行くな!」
「でも!」
「死ぬぞ!」
若者は歯を食いしばる。
だが助けには行けなかった。
数秒後には鳥の群れに飲まれていた。
叫び声だけが残る。
走りながらロイドが空を見上げる。
「朝まで続くな」
マスタングが頷く。
「間違いない」
難民たちの顔色が変わる。
誰でも知っている。
レイジャー鳥はレイジャーと同じだ。
疲労を考えない。
全力で飛び続ける。
全力で襲い続ける。
そして群れが群れを呼ぶ。
一晩で数が倍になることすら珍しくない。
「隠れればいいんじゃ」
誰かが言った。
難民の生き残りは首を振る。
「無理だ」
「どうして」
「今夜の金融街は巣になる」
誰も反論できなかった。
上空の鳥はさらに増えている。
今から隠れ場所を探しても。
夜明けまで持たない。
その時。
カイが前方を指差した。
灰色の高層ビル。
金融街でも数少ない無事な建物。
「ヘリオス本社……」
ロイドが呟く。
ガチャタワー。
黒蜜を持ち込み。
人生の逆転を夢見る者たちが集まる場所。
そして今。
唯一の避難先だった。
*
近付くにつれ異様さが分かる。
窓が塞がれている。
鉄板。
金網。
コンクリートブロック。
まるで要塞だった。
「レイジャー対策か」
モーゼスが呟く。
ガチャ参加者は知っている。
仲間がレイジャー化する可能性を。
だから閉じ込める。
外へ出さない。
中へも入れない。
結果的に鳥除けになっていた。
「運がいい」
マスタングが言う。
「運か?」
ロイドが苦笑した。
「中にレイジャーがいたら終わりだぞ」
「それでも外よりマシだ」
誰も反論しなかった。
*
重い扉を押し開ける。
全員が中へ飛び込む。
直後。
ガンッ。
外壁に何かが激突した。
鳥だ。
さらに。
ガンッ。
ガンッ。
ガンッ。
何羽もぶつかってくる。
建物全体が鳴っているようだった。
だが中までは入ってこない。
難民たちはその場に座り込んだ。
生きている。
とりあえず。
今は。
マスタングが懐中電灯を点ける。
ロビーを照らす。
静かだった。
静かすぎた。
そして。
彼は足元を見た。
泥。
新しい靴跡。
複数。
数時間以内。
マスタングはしゃがみ込む。
指で触れる。
まだ湿っていた。
「先客がいる」
難民たちの空気が変わる。
ガチャ参加者か。
別の生存者か。
それとも。
外では鳥たちが狂ったように鳴き続けていた。
だがヘリオス本社の奥は静かだった。
不気味なほどに。
「警戒して進むぞ」
マスタングはナイフを握り直した。
誰も返事をしない。
ただ暗闇を見つめる。
そして生き残った者たちは。
ガチャタワーの奥へ足を踏み入れた。




