第35話 ガチャタワー
会議室を出た後も、カイは窓の外を見ていた。
夕日に染まる高層ビル。
板で塞がれた窓。
屋上の見張り台。
あれがガチャタワー。
そして。
崩壊前のHELIOS本社。
エステバンの動画に映っていた企業の名前が脳裏をよぎる。
「おい」
ロイドが肘で小突いた。
「考え事か」
「まあな」
二人は窓際へ移動する。
共同体の住民たちは夕食の準備を始めていた。
魚を捌く者。
米を炊く者。
子供を叱る者。
普通の生活だった。
金融街のど真ん中とは思えないほど。
「HELIOS本社なんだよな」
カイが言った。
「ああ」
「行きたいか?」
「行きたい」
即答だった。
ロイドは苦笑する。
「だろうな」
少し沈黙。
「でもガチャ組がいるんだろ」
「そこなんだよな」
カイは窓の外を見る。
ガチャタワー。
夕日に黒く浮かび上がる巨大な影。
「一昨日まで六人だった」
「今は五人」
「一人逃げた」
ロイドが頷く。
「つまりまだ始まってない可能性が高い」
二人は顔を見合わせた。
今なら。
まだ間に合う。
時間が経てば違う。
レイジャー。
フェイダー。
ユーフォリア。
何になったかも分からない連中が住み着く。
そうなれば探索どころではない。
「今が一番安全かもしれないな」
ロイドが言った。
「だろ」
「マスタングに言うか」
二人は会議室へ戻った。
マスタングは地図を広げていた。
モーゼス。
コックローチ。
老人もいる。
「話がある」
カイが言った。
全員の視線が向く。
「ガチャタワーだ」
「何だ」
モーゼスが眉をひそめる。
「今ならまだ中に入れるかもしれない」
ロイドも続ける。
「ガチャ組は五人」
「一昨日まで六人だった」
老人が頷く。
「ああ」
「一人戻ってきた」
「やめたのか」
ロイドが聞く。
「ああ」
老人は椅子にもたれた。
「ガチャなんて大半はそこで終わる」
「決心がつかねえんだ」
部屋が静かになる。
「成功すりゃユーフォリア」
「失敗すりゃレイジャー」
「どっちになるか分からん」
老人は窓の外のタワーを見る。
「だからあいつらは何週間も、何ヶ月も居座る」
「今日こそやる」
「明日こそやる」
「そう言いながらな」
「結局怖くなって戻ってくる奴も多い」
「一昨日の奴みたいに」
モーゼスが鼻を鳴らした。
「まともな奴ならそうする」
「だが五人残ってる」
カイが言う。
「今ならまだ間に合うかもしれない」
「HELIOS本社だ」
「何か残ってる可能性もある」
モーゼスは露骨に嫌そうな顔をした。
「却下だな」
「早いな」
「ガチャ屋の巣だぞ」
モーゼスは腕を組む。
「わざわざ近寄る理由がない」
「何かあるかもしれない、じゃ動けん」
カイは言い返しかける。
その時だった。
「別に間違っちゃいねえ」
意外にもマスタングが口を開いた。
カイは少し驚く。
「なら」
「だが理由が違う」
マスタングは窓の外を見る。
ガチャタワーではない。
さらに奥。
金融街中心部。
「顔を隠した連中」
老人が言った。
「ああ」
マスタングは短く答えた。
「ドラウナーだと思う」
部屋が静まり返る。
「確証は?」
モーゼスが聞く。
「ねえ」
「だが臭う」
マスタングは低く言った。
「バラクーダの件を忘れた訳じゃねえ」
カイは黙る。
本物のバラクーダ。
イーグルズの仲間。
ドラウナーとの一件で利用され。
命を落とした男。
「俺たちはいいように使われた」
マスタングの声は静かだった。
「仲間も死んだ」
「今度はこっちが追う番だ」
部屋の空気が重くなる。
老人ですら何も言わなかった。
「だから」
マスタングは地図を畳む。
「ガチャタワーは見に行く」
モーゼスが顔をしかめる。
「正気か」
「偵察だけだ」
「状況が悪けりゃ引く」
マスタングは立ち上がった。
「明日の朝出る」
その時。
窓の外で。
何かが軋む音がした。
誰も気に留めなかった。
金融街では珍しくない音だったからだ。
コックローチのみが注意深く聞いていた。
その音は少しずつ大きくなっていた。
まるで。
巨大な何かがゆっくりと壊れ始めているように。




