第31話 最初の報告
第七施設を訪れてから三日後。
エステバンは再び港近くのバーを訪れていた。
男は既に席についていた。
前回と同じ席。
前回と同じグラス。
まるで最初からそこにいたかのようだった。
エステバンは腰を下ろす。
しばらく沈黙。
やがて口を開く。
「名前を聞いていなかった」
男は少し考えた。
そして笑う。
「マイルズと呼べ」
「本名か」
「違う」
即答だった。
「だと思った」
「本名を名乗るほど君を信用していない」
「正直で結構だ」
エステバンは封筒を置く。
輸送記録。
人員名簿。
施設概要。
マイルズは確認せずにしまった。
「見ないのか」
「見る必要がない」
「君は偽造しない」
妙な確信だった。
エステバンは少し気味が悪くなる。
まるで以前から観察されていたようだった。
「第七施設は何なんだ」
エステバンが聞く。
「研究施設だ」
「そういう話じゃない」
マイルズは小さく笑った。
「なら君はどう思う」
エステバンは拘束された男を思い出す。
異常な筋力。
若返った肉体。
理性を失った目。
「感染症だろう」
「本当に?」
エステバンは答えられなかった。
病原体は見つかっていない。
原因も分かっていない。
「世界中で同じような報告がある」
マイルズが言う。
「企業は調べている」
「軍もだ」
「国家も」
「なぜだ」
「価値があるからだ」
マイルズはグラスを置く。
「もし老化を抑制できるなら」
「もし人間を強化できるなら」
「もし兵士を変えられるなら」
「世界は変わる」
沈黙。
バーの音楽だけが流れる。
「私に何をさせたい」
エステバンは聞いた。
「見ろ」
「聞け」
「覚えろ」
「それだけだ」
「簡単だな」
「簡単じゃない」
マイルズは言った。
「好奇心は人を殺す」
エステバンは少し笑う。
「ならなぜ私を選んだ」
「君は好奇心を捨てられない人間だからだ」
返す言葉がなかった。
マイルズは立ち上がる。
「次は私から連絡する」
そう言い残して店を出た。
エステバンは一人残る。
しばらくして店員が封筒を置いた。
差出人はない。
中を見る。
口座番号。
認証コード。
そして残高。
二十五万ドル。
エステバンは数秒固まった。
ただの情報提供の対価としては異常だった。
彼は窓の外を見る。
港。
貨物船。
ネオマイアミの夜景。
世界はいつも通り動いている。
だが。
自分は今、
何か巨大なものの縁に立っている。
そんな気がした。
封筒を閉じる。
捨てることもできた。
警察へ持ち込むこともできた。
だが彼はポケットへしまった。
その瞬間。
後戻りできる道は、少しだけ遠くなった。




