第20話 避難先
――ハリケーン襲来、数ヵ月前。
少年は一人だった。
泥だらけの靴。
濡れた毛布。
痩せた腕。
年齢は十歳くらい。
ネオマイアミ南側ゲート近くを、当てもなく歩いている。
軍警検問所。
鉄条網。
簡易バリケード。
難民列。
怒号。
泣き声。
ここ数年、外から流れてくる人間は増えていた。
大抵は食い詰めた連中だった。
農地崩壊。
レイジャー被害。
軍閥抗争。
理由はいくらでもある。
それでも皆、ネオマイアミへ来る。
電気があるから。
港があるから。
配給があるから。
そして。
まだ“文明”が残っているから。
「次!」
軍警が怒鳴る。
少年は列の端で立ち止まった。
姉と二人で来るはずだった。
だが途中で死んだ。
湿地を越える途中。
熱を出した。
朝には冷たくなっていた。
少年はまだ、その時のことをちゃんと思い出せない。
「おいガキ」
軍警が睨む。
「保護者は」
「……いない」
「身分証」
「ない」
舌打ち。
「孤児か」
少年は何も言わない。
軍警は少し考えたあと、奥を指差す。
「仮キャンプ行け」
「変な真似したら撃つ」
少年は頷く。
そのままネオマイアミへ足を踏み入れた。
ネオン。
湿気。
腐臭。
笑い声。
銃声。
世界が壊れているのに、人だけは妙に多かった。
*
――現在
軍警学校寄宿舎。
カイはベッドの上で工具を弄っていた。
「マジで直すのか」
ロイドが呆れ顔で言う。
「半分死んでるだろそのスマホ」
「データだけならいけるかも」
マルコの遺品。
割れたスマホ。
泥と血で汚れていた。
PSPは横へ置かれている。
「そっちは触んねえの?」
「ソフト無いし」
「もったいねえ」
ロイドはPSPを羨ましそうに見る。
荒事には向かない。
喧嘩も弱い。
だがゲームと機械には妙に強かった。
下層の連中が捨てた基板や旧文明機器を拾い集め、修理して小銭を稼いでいる。
「……ついた」
画面が一瞬だけ明るくなる。
ノイズ。
破損データ。
大量のエラー。
「うお」
「生きてた」
ロイドが身を乗り出す。
古い動画ファイルが並んでいた。
日付は崩壊初期。
二十七年前。
「こんな昔のデータ残ってたのか」
カイは適当に一つ開く。
映像が映る。
高層マンション。
夜景。
まだ綺麗なマイアミ。
そして。
怯えた男の顔。
『もしこれを見てるなら――』
映像が揺れる。
遠くで悲鳴。
『感染者が街へ入った』
『軍が封鎖を――』
ノイズ。
『ウイルスは空気感染じゃないと発表されたが、嘘だ』
『噛まれた人間がおかしくなる』
ロイドが黙る。
カイも言葉を失う。
まだ誰も。
セドも。
レイジャーも。
その名前を知らなかった頃の映像。
レイジャーはウイルス感染により凶暴化した感染者と当初人々は考えた。そういう映画やゲームがあったらしい。
『エレナ、もし生きてたら聞け』
『シェルターへ行け』
男が震える手で紙を映す。
『座標はここだ』
『アクセスコードは――』
ノイズ。
映像が乱れる。
『頼む』
『まだ間に合う』
背後でガラスが割れる音。
男が振り返る。
動画が終わった。
部屋が静まり返る。
「……おい」
ロイドが低く言う。
「今の」
「シェルターって言ったよな」
カイは無言で他のデータを見る。
写真。
メール。
高級レストラン。
政治家との会食。
政府関係者らしき人間との写真。
クルーザー。
プライベート空港。
「こいつかなり上の人間だぞ」
ロイドが呟く。
「政府とも繋がってる」
さらにメール履歴を開く。
断片的な文章。
『計画は前倒しするべきだ』
『市場が持たない』
『避難枠を追加で――』
『例の施設は予定通り稼働』
カイが眉をひそめる。
「これ……」
「セドより前じゃないか?」
ロイドが頷く。
「レイジャー発生前の日付だ」
「ってことは」
「こいつら、経済崩壊とか紛争起きる前からシェルター準備してた」
寄宿舎の外では、遠くでサイレンが鳴っていた。
ネオマイアミ。
崩壊都市。
だがその崩壊を。
最初から予測していた人間たちがいた。




